第152話 話し合い
「何してんだよ、こんなところで」
仁徳大仙高校の制服を着た男子生徒が一人、突然僕の目の前に現れる。
右肩に制鞄をかけて、右手には携帯を握り締めている。赤茶色の髪から覗くルビーのような赤い眼がこちらを睨みつけていた。
「……トレーニングだよ。強くなるための」
「それは、家を飛び出してまですることなのか?」
家出のことを知ってるってことは、楓が連絡したのか……。
「楓に聞いたの? そのこと」
「あぁ。泣いてたぜ、楓ちゃん」
……そりゃあ、そうだろうな。楓、言ってたもんな。お兄ちゃんがいなくなったらどうしたらいいの、って。
「僕を連れ戻しに来たなら、無駄足だよ。瓢太も敵AIに狙われないよう、気を付けて学校に行ったほうがいい」
「……どうしたんだよ、介! らしくないぞ!」
瓢太がそんな荒々しい声で僕を怒鳴ってくること、今まで初めてかもしれない。
「こうでもしなきゃ、次は家族が死ぬかもしれない。もう楓を、家族やみんなを、僕の戦いになんて巻き込めない。優しく接してるだけじゃもうダメなんだ」
「そうじゃねぇよ! なんでそんな悲しませるようなことしたんだよ! 介らしくないだろ!」
僕らしさ、って……なんだよそれ。
「こうでもしなきゃ、家族を押し切れなかったんだ! 何しに来たんだよ! 説教しに来ただけなら帰ってくれ!」
「だから、連れ戻しに」
「無駄足だって言ってるだろ! 瓢太には関係ないんだからもう帰ってくれよ!」
「……どういう意味だよ、それ」
瓢太は目元をぐっと細めて、さっきよりも鋭く尖ったその瞳に殺気めいたものを宿らせる。
「そのままだよ。瓢太は敵AIと戦わないんだろ? ならもう、僕に近付かないでくれ」
「……」
返事はない。だけど、帰る気はさらさらなさそうだ。
「瓢太も、僕の近くにいたらいずれ巻き込まれる。文化祭の時、分かっただろ。どういう敵と戦うことになるのか。僕といたら、いずれあの敵達と戦うことになる。そうならないためにも、僕から距離を置くべきだ」
「……分かった。俺も戦うよ」
意地になってる。瓢太こそらしくもない。僕に乗せられて安易に戦うとか口にするなんて……。
「もう少し冷静になってから答えてよ。僕の言葉に乗せられて答えるんじゃなくて」
「文化祭の時、敵を俺に任せて中庭に向かっていったこと、もう忘れたのか? 俺だって敵と向かい合って、今こうやって生きてるんだぜ」
「……」
さすがにそれを持ち出されると反論はできない。そんな大事なこと、忘れているわけがない。
刑事さん達にも友人の手を借りた事は話した。それくらい、文化祭の悲劇は事細かく覚えている。
確かに、ブレイクの対処は瓢太とクリエイトさんに任せて行った。でも……あの、アイ・ブレイクだ。僕も一度対峙したことがあるけど……
「リードさん。瓢太は本当に、ブレイクと戦って生き延びたの?」
「いえ。瓢太様は戦ってすらいません。ただブレイクとクリエイトが話しているのを見守っていただけです」
やっぱり……。戦ってるなら分かるはずだ。あんな理不尽な相手と戦うことになるのかって。分かってたなら、僕のさっきの言葉にはそう簡単に乗ってこないはず。
「らしいけど」
「な、なんで分かんの!?」
「そういう力なんだよ、リードは」
そう言い放ったのは、リペアさん……ではなく、クリエイトさんだった。
「リードの〈透視の力〉は、対象の頭の中を覗くことができちゃうからね。にしても、リードもリペアも、よく介くんが家出することを許したよね。普通は止めそうだけど」
「止めはしたよ。でも、介くんなりの意見を聞いて、まあ俺たちは被験者の意識体を守れるならいいかって落ち着いたわけ。クリエも、この世界にいる被験者以外には特段注意払ってないでしょ」
「それはそう」
そうなんだ……。まあクリエイトさんは僕たち被験者以外を度々NPCって言ってたからなんか納得もいくけど……リペアさんの方もそうだったのか。
「ちょっ、クリエ! そこは乗るなよ!」
「乗るも何も、嘘じゃないしなー」
「いや、そうだとしてもさ」
「もう話いい? 僕は行くけど」
トレーニングがひと段落した今、もう僕がここにいる必要もない。早く動かないと、この間にも犠牲者は増えてる。
「なんでだよ! まだちゃんと話できてないって!」
「したよ。僕は帰らない。それに嘘を吐く人の話に耳を貸そうなんて思えないし」
「それは俺が悪かった。でもどうするんだよ。家を出てどこに行くんだよ」
「日本各地を回る」
「そんな無謀なこと、それこそ無駄足もいいとこだろ。飢え死にとかしたらどうすんだよ」
「じゃあどうすればいいんだよ! また文化祭の時みたいにみんなを巻き込んででも敵が来るのを待てっていうのかよ! 人が死んでもいいのかよ!」
「そうじゃねぇよ! 俺がいるだろ! 家族もいるだろ! ちょっとは事情を話して相談くらいしろよ! なんも言わずに飛び出したら家族が悲しむだろって!」
「言ってどうするんだよ! 納得なんてされるわけない! 僕たち被験者にしか認識できない敵なんだぞ! 家族には見えないんだ! 仮に見えてもどうしようもない! まともに取り合ってもらえるわけない! 刑事さん達にもAIの話はしてるんだよ!? でもどうにもできそうになかった! だから僕は一人でやることに決めたんだ!」
「じゃあ俺を頼れよ! 俺にはクリエがいる! 〈創造の力〉がある! なんだって創れる! 介が言う敵も認識できる! 俺ならやれる!」
「だから……敵と戦う覚悟もしてない瓢太には頼れないって! 死にたくないならほっといってくれ!」
「だから別にそれでもいいって言ってるだろ!」
「……本気で言ってる? それ」
死んでもいいなんて……絶対に嘘だ。少なくとも瓢太は、そんなこと軽々しく言える人じゃない。
「死ぬんだよ? ちゃんと考えて言ってる? 玲奈みたいに重傷を負って……意識が戻らないかもしれないんだよ? 分かってる?」
「……分かってるよ」
「いや、それは分かってない言い方」
「いや分かってるって!」
「絶対分かってない」
「分かってるって言ってるだろ!?」




