第153話 対立
「いや分かってない! 敵AIの力をその身に受けたことないのに、分かってるってどういうことだよ! 服が破れるくらい激しい戦闘をしたことある!? 出血しながら、痛みに耐えながら戦ったことあるの!? 気絶するまで戦ったこと、ある!?」
「……ねぇよ、そんなこと」
「ほら、そういうことだよ。拳一つ当てられたくらいで、ブレザーとカッターシャツが破けて腕が腫れるような、そんな攻撃が来るんだ。校舎が丸ごと損壊するような打撃を受けることになるんだよ? 玲奈は敵AIの攻撃を受けて、一度左腕を失ってる。リペアさんの〈修復の力〉があったから良かったけど、でもそれも僕がいなかったら出血多量で命を落としてたと思う。瓢太も戦ったら同じ目に合うかもしれない。生半可な覚悟で死なれたら、僕は困るんだよ。簡単に言うなよ、戦うなんて。目的もなしに、覚悟もなしに、考えもなしに出来るようなことじゃない。命に関わるんだよ」
「じゃあ、介も最初はそうだったのか? お前は敵AIと遭遇する前から戦える体だったのかよ。〈AIの力〉の影響をずっと受けてたのかよ」
「違う。でも」
「なら、介のその言い分はおかしいよな。俺が敵AIに遭遇したのは、あの文化祭が初めてだ。なのに、戦ったことないなら関わるなって? 簡単に戦うとか言うなって? 納得できねぇな。リードさんやリペアさんに言われるならまだ分かるけど、介に言われるのは納得いかねぇ」
「僕は玲奈みたいになってほしくないんだよ! 悲惨な目に遭ってほしくないんだよ! 誰にも! 家族にも! 瓢太にも!」
「じゃあなんだ。介には俺やみんなを巻き込まないための考えがあるってことかよ」
「だから……僕が一人で、日本各地を回る。すれ違う人達の脳内をリードさんの力で見ながら、敵AIがいたら捕らえにいく。本体じゃなくていい。分体でも、本体への足がかりになる」
「……それだけか?」
「……それだけだよ。ダメなの?」
「うん。そもそも日本各地を回るって、かなり無謀だろ」
「……」
「目的と覚悟はあっても、まともな考えねぇじゃねぇか」
思わず押し黙ってしまった。ちゃんとした考えもなく出てきたことは自覚している。でも……
「そうだとしても、これはみんなを巻き込まずに解決するための方法だから。愚策でも無謀でもやらないよりましだよ」
「なんでそうやって一人で背負い込むんだよ」
「何度も言わせないでよ! 誰も巻き込みたくないんだ! もう誰かが目の前で死ぬのが嫌だって言ってるんだ! 僕は!」
「じゃあ俺を頼れよ! 俺は良いって言ってるだろ!」
「だから……瓢太じゃ無理だって! 無駄死にするようなもんだ! 命に関わるんだ! 死なれたら困るんだ! 瓢太の家族だって悲しむんだ!」
「……結局、介は誰も死なせたくない。クリエがいる俺には頼りたくないし、戦闘経験のない奴にも頼りたくない。そう言うなら……俺の覚悟、見せてやるよ。クリエ、頼む」
「ほいほーい」
すると、突然瓢太の左手が青紫色に輝き出す。その光の中から現れたのは、一本の黄褐色の竹刀。
「今から俺は、介と戦う」
抑揚もなく連絡事項でも話すかのような物言いをしながら、瓢太は僕から視線を外さず制鞄を肩から下ろし、ズボンのポケットに携帯をしまい込む。
そして、覚悟を決めたように竹刀をぐっと力強く両手で握り締める。
「……なに、言ってんだよ。らしくないよ。そんな喧嘩みたいなこと……したくないって」
「喧嘩じゃねぇ、話し合いだよ。言葉じゃなく、力と力の。やり方はくっそ古いけど、もうこうするしかねぇんだ。俺たちの意見は噛み合わなくて、俺も介も譲れなくなった。……もしかしたら、敵が言ってた戦争も、こんな風に起きたのかもな……」
冷淡な顔つきが、不意に少しだけ悲しそうに歪む。ぽつりと何か呟いていた時、瓢太の眉尻は僅かに落ちていた。
すると、瓢太は一度目を閉じて大仰に息をつくや、再びその眼光を尖らせて戦闘態勢を取る。
「言っても伝わらないなら、俺はやるよ。お前と」
まさかこうなるなんて想像もしてなかった。守りたかった人から戦いを挑まれるなんて想定外だ。
「やりたくない……瓢太となんて……。無駄だ、こんなの。喧嘩じゃ済まないよ」
「今この公園には誰もいない。巻き込む相手がいないなら、喧嘩レベルで方が付けられるだろ。周りの木が気になるか? じゃあ場所変えて、リードさんのネオコマンドなり使ってやろうぜ。それなら周りへの被害は抑えられるだろ。それに、これで俺は介に戦えることの証明ができる。俺にはやるメリットがあるぜ」
まるで瓢太じゃないみたいだ。その目つきは、これまでの戦いで見てきた敵AIのそれと同等のもの。嫌だ……瓢太が、そんな目するなんて……。
「だから……やりたくないって……なんで、そこまでして……」
「友達だからだよ!!」
唐突に聞こえてきた瓢太の叫び声が、人のいないこの公園に大きく響き渡る。周囲の空気はじりじりと振動していた。
「大切な友達だから、見殺しになんてできねぇんだよ! 助けてって言ってる友達の家族がいるんだよ! 俺には引き下がれない理由があるんだよ!」
瓢太のその拙い構えは、その激しい怒号は、僕への脅しなんかじゃない。
本気だ。瓢太は僕に、本気で挑んでくる。
「覚悟を決めろ! やるって言え!」
……やるのか? 瓢太と? ここで? ……本当に?
「……こんな……やる意味……」
「ウジウジしてんなよ! 愛田介!」
瓢太は目の前にいるのに、なぜかその時だけ強く背中を引っ叩かれたような気がした。小さく小刻みに脈打っていた心臓が、一瞬どんっと跳ね上げる。
「今度は覚悟までなくなったか!? 家飛び出したのは誰だよ! 誰も巻き込みたくないって言ったのは誰だよ! 行方不明の両親を救出するって言ったのは誰だよ! これは介にとって、スタートだろ! やる覚悟はできてたんだろ!? ならその覚悟、今俺に見せてみろよ!」
眉間にしわを寄せ、しかめっ面を浮かべながら、徐々に瓢太が距離を詰めてくる。
途端、体が武者震いを始めた。自分の足元だけ地震で揺れてるんじゃないかと、そう思ってしまうほど足が落ち着かない。
反発する磁石のように、瓢太が近づいてくる分だけ足は勝手に後ずさりする。
やるのか? やれるのか? やって……どうする? 瓢太を殴るのか? 蹴るのか? そんなことして……戦って……関係が悪化したら……。
「俺を押しのけて行くくらいの、威勢を、今! ここで見せてみろや!」
「…………やだよ……」
頭の中が真っ白になった。
瓢太を殴ったり蹴ったりすることを想像したらすごく辛くなって、もう考えるのが嫌だと、すべて白紙にしたいと、そんな強い欲求が僕の心を覆い隠した。
「もう……やだよ。誰も……失いたくないのに……。なんで…… こんなこと……」
ふらついていた足はついに限界を迎える。
朱に染まる地が、僕の流す涙を静かに吸い込んでいく。どんっとついた尻もちも、目からこぼれる感情も、それら全部を優しく飲み込んでくれていた。
「一人でそうやって抱え込むなよ」
ちらと僕の顔を覗き込んでくるつま先。その彼の言葉には、抱きしめてくるような強い温もりが感じられる。
でも、それを素直に受け止める勇気が、今の僕にはなかった。
「……嫌なんだよ。瓢太を巻き込むのが……嫌なんだ。玲奈みたいに、なったらって……そう思ったら……。だから、一人で……こうやって……。もう……誰かが倒れるのを……見たくない……。みんな……玲奈みたいになったら……僕は……独り……」
もう全部、体の全部が痛かった。痛すぎて、どこがどう痛いのか分からない。声も掠れていて、息継ぎしないと喋れなくなっていた。
「見苦しいな、弱音を吐くその様は。実に醜い」
そんな僕を、冷たく嘲笑う声が聞こえてくる。ただそれが瓢太の声じゃないというのはすぐに分かった。
話し方、声質。それだけで誰なのか察した。




