第151話 踏み出してきて
マンションの大玄関を抜けると、いつもの癖でジョギングを始めてしまった。
別にそのことを二人とも突っ込んでくることもなかったので、僕は調子そのまま大仙公園に向かう。
正直、行く当てなどない。けれど動かないことには僕の目的は達せない。かと言って、闇雲に駆けても意味がないことくらいは分かっている。
さてどうしたものか……と思いながらも来た公園には、気味が悪いほど人の気配がなかった。
今朝はベンチに座って話してる老人や子供の笑い声、散歩をしてる人やジョギングしてる人がいたのに、今は一切音が聞こえてこない。
遠くから車の通る音が聞こえてくる程度。まるで廃墟と化した公園だ。
「どこにも人がいない……」
『もうコピーの手がかなり深く届いてるんだろうね』
「でも、非通知電話関連の話題はもうあがってこなくなったよね。ここ最近はネット記事では見てないし」
『それもコピーが情報媒体を扱ってる人達を乗っ取れば、非通知電話の情報を止めることは可能だと思います』
「自分から話を鎮火させに行ってるってことか……」
可能性として考えられなくもない。というかあのコピーならやりそうだなとは思った。でもまさか、こんなに早くコピーの分体での乗っ取りが進行してるとは思ってなかった。
先々週の文化祭開催前の頃はまだ人はいた。見渡す限りとまではいかなくても、トレーニングしてれば誰かしら見かけることはあったんだけど……。
「まあでも、ちょうどいいね。誰にも邪魔されずここで軽く一夜を過ごせそうだし、トレーニングもできそう」
『え!? このまま家出するの!?』
「はい。そのために荷物まとめてきたんで。お金だって、バイトで貯めたのがありますから」
『バイトで貯めたって……それもそんなに多くないでしょ?』
まあ働いてる人から見たら、はした金と言うかもしれない。
でも、この金額を使い切る前にコピーを見つけ出せばいい。本体じゃなくてもいい。分体一体でも見つければ、それが本体への足がかりになる。
『ご飯とお風呂はどうすんのさ! リード、これどうするの!?』
『せめて、瓢太様に連絡しませんか』
「瓢太はダメ。瓢太に戦う意思はない。だから巻き込めない」
瓢太にはクリエイトさんがいるけど……仕方ない。例えAIが脳内にいる被験者でも、僕の事情で巻き込むわけにはいかない。
家出する前、ちらと見た携帯のロック画面には瓢太からの連絡を報せる通知が来ていたけど……返信はしない。このまま僕がいない人間として扱われることを願うばかりだ。
「ここからは僕の体一つでやるしかない。もう誰も死なせる訳にはいかない。ちょっと行ったところに漫画喫茶がある。確かあそこは二十時以降安くなるからその時に行こう。シャワーを使えるし、寝るところも確保できる」
『そんな……そこまでして……』
「ここまでしなきゃダメだ。もう分かった、僕が間違ってた。自分の足を動かさず両親を見つけるなんて無理だ。家が勝手に世界を回ってくれるわけじゃないんだから、僕が動き出さないと。リードさん、まずはここで今までやれてなかったトレーニングをしよう。ごはんとお風呂はそれから」
『本当にいいのですか? 介様は、それで』
「……何か言いたいことがあるなら、言ってください」
僕はさっきの孝子さんと違う。言いたいことがありそうなら、その人に言わせる機会を与える。
僕がそう促すと、リードさんは少し考える間を置いてからようやく話し出す。
『正直、私は介様が無事であるなら基本的に良い……ですけど、後悔しないのかが懸念ではあります。もし現実世界に帰ったとして、その時に家族に酷い事をしてしまったと後悔を引きずりながら、この世界を惜しみながら、生きていくことになるのではと』
……まあ、そうかもしれない。でも……
「後悔なら、もういくつもしてる。今回の家族のことだけじゃない。小学校と中学校は体が弱いせいで学生らしく体を動かすことなんてできなかった。この体の状態で中学校からやり直して部活に入りたいとも思ってる」
『それは存じていますけど、やはり後悔の度合いが……』
「確かに今の僕は、孝子さんと楓に酷い事して後悔してる。でもそれは、事が済めば取り返せると思ってる。別に家族を捨てた訳じゃない。僕が両親を見つけて救い出してきて、そして孝子さんと楓に謝る。今抱いてる後悔は、僕にとって近い将来への投資みたいなもんだから」
二人を無視して出てきたんだ。もうやるしかないんだ。
冷静になったら後悔し始めて帰りたくなるなんて分かり切ってる。その上で、覚悟もして、僕は出てきたんだ。
『まあ肝が据わってることで』
「でもこれも、二人がいてくれてるおかげだよ。じゃなきゃ、きっと僕はあの瞬間、家出をしようなんて思わなかった。きっと自室に閉じこもってうじうじ考えてた」
『……分かりました。当分は帰らない、という覚悟でいるということですね』
「うん、それで大丈夫。よし、じゃあ……トレーニング始めようか」
人のいない大きな公園を駆け回るのは変な気分だった。まるでこの世から僕以外の人間がいなくなったような錯覚に陥りながら、でも僕はそれを悪くないと思えている。
不思議だ。人がいる、視線がある。そのどちらもないだけで体がものすごく軽く感じる。
コマンドは使ってないはずなのに、知らず知らず発動してしまってるんじゃないかと心配してしまうほどに。
幸せって、こういう感じなのかな……。そんなことを思いながら、体を精一杯動かしていると、徐々に西日が強く差してきていた。
もう残暑はなく、少しだけ肌寒い環境下での運動は途轍もなく気持ちがいい。
人がいないから水飲み場近くのベンチに置いていたリュックもそのままある。僕は、心置きなく水が飲めることの幸せを噛み締めていた。
「介」
その声が、するまでは。




