第149話 登校日 その2
退院したのはその翌日のことだった。まあ僕に関してはリペアさんのおかげで体内外ともに損傷がないから当然のことなんだけど。
ただ、リペアさんの〈修復の力〉は体の傷を治すことができても、疲労や痛みまで完全には取り除けない。
だから筋肉痛とか体力消耗による疲労は、退院してからもしばらくしつこい汚れのようにへばりついていた。
それでも僕は数日間、学校閉鎖の間は家事やトレーニングをしながら徐々に鈍っていた体の調子を取り戻していく。
退院直後のトレーニングは、行う回数を減らしてもらったものの、変わりないメニューで重たい体を動かすのは結構きつかった。
しかし弱音を吐いている暇はないと、またいつ来るかもわからない敵AIを思いながら今日を迎える。
「二人とも、お話いい?」
キッチンで昼食の片付けをしていたら、孝子さんにそう話を切り出された。
僕と楓は洗った食器を早急に乾燥台に置くと、揃って孝子さんと対面する形でダイニングテーブルの前に座す。
「ごめんね。この日に話を持ち掛けて」
「ううん、全然」
孝子さんがテーブルの前でずっと強張った顔して動かないからそろそろだとは思っていた。
文化祭から一週間が経って学校登校日だったけど、僕と楓は行かずに休んだ。
というのも数日前、突然孝子さんから話があると言われたからだ。昨日まで病院の方はずっと慌ただしかったそうで、今日やっと有給休暇が取れたらしい。
それでも半日の午後休が精一杯だったから当日はみんなが帰ってきたらすぐに話したいと孝子さんにお願いされた。
この話を持ち掛けられた時、孝子さんは妙に冷静だった。けど……雰囲気で察した。玲奈のこと、文化祭のことだろうと。
学校を休んで孝子さんとちゃんと話をしよう。そう思って、僕は楓と相談して欠席することにした。
正直、いい機会だと思った。孝子さんにはまだAIの話をしていない。いつかは話しておくべきだろうという考えが、ずっと頭の片隅にあった。
ここには楓がいる。文化祭の話を足がかりにAIの話題も切り出せる。
「単刀直入に言います。二人は当分、外出しないで欲しいの。学校もそう。当分登校しないで欲しい」
……そう言われるまでは、思ってたんだ。てっきり文化祭のことを聞かれるものと思っていたから、一瞬孝子さんが何を言い出したのか理解が追いつかなかった。
隣に座ってる楓も同様に黙り込んでしまい、けれどしばらく間を置くとその口が開き出す。
「……本気で言ってる?」
「本気で言ってる。二人にこれ以上被害が及ばないようにするには、こうするしかないの」
言い分は分かる。僕たちに玲奈のような酷い目に会ってほしくないという気持ちも理解できる。
でも当然、僕はその提案に納得いかなかった。
「もっと別の方法とかあるよ。ぼくも楓も携帯があるんだから、連絡してもらえれば」
「それじゃあ絶対に間に合わない。介くん、分かってる? 危うく命を落とすところだったんだよ? 楓ちゃんも巻き込まれちゃってるし、玲奈ちゃんは今もまだ意識が戻ってない。それに、介くんと楓ちゃんは前回も危ないことに巻き込まれてる。もうこれ以上危険な目に遭わせられない。だからもう、外には絶対に出ないこと」
「そんなのおかしいよ。普通じゃない。なんだかんだあったけど……楓、こうしてまた孝子さんとお兄ちゃんと暮らせてるんだよ」
「じゃあ楓ちゃんは、玲奈ちゃんみたいなことにはならないって言える?」
孝子さんが、今まで僕たちに見せたことのない顔をしていた。血走った目、上がっていない頬と口角。
怒りを僅かに滲ませながらも冷静さを装った顔で、こちらの発言を上から抑えつけてくる。
「あってからじゃ遅いの。玲奈ちゃんみたいに意識が戻らない状態になったら困るの。二人は私の子じゃないけど、私の姉の子供なの。玲奈ちゃんもそう。私の子じゃないけど、私の親友が預かってた子供。あなた達全員が意識を取り戻さないなんてことになったら、悲しむのは私だけじゃない。あなた達の親も悲しむの。玲奈ちゃんみたいになってからじゃ遅いの。私が良いというまで、外には出ないこと。食材は私が買ってくるし、二人が欲しい物も私が買ってきてあげるから。だからずっと家にいて。外には絶対出ないで。約束して」
反論の余地も与えない、畳みかけるような主張。鬼気迫るその語気に、僕たちの口は開くことを拒む。
何かを言い出せば、その瞬間にこの家にあった自分の居場所を失う予感がした。
生活に大きな支障が出るという危機感が胸中で騒ぎ立てていた。
議論もままならない殺伐とした緊張感がこの場に漂っていた。
「……それは、できないです」
それでも僕は、否と発言する。
「どうして?」
「僕は、やらなきゃいけないことがある。そのためには外に出る必要があるから」
「毎朝やってるトレーニング? なら私が良いというまでダメ」
そこは僕が言わずとも、孝子さんは察するだろう。しかし、家の中でトレーニングをしようものなら近所迷惑になってしまう。
集合住宅での運動は絶対に制限がかかる。少なくとも公園でのように思う存分体を動かすことは難しい。
だけど、外に出る必要があるのはそれだけが理由じゃない。
「違うんだ。その……………………行方不明になってる、お母さんとお父さんの場所が、もう少しで分かるかもしれない、から……」
しばらく逡巡して、そして僕はようやく親の話を持ち出した。正直こんなことを言っても許されるなんて心底思ってない。
苦し紛れの時間稼ぎのようなものだ。けれど今は話す内容を整理する時間が少しでも欲しかった。
「その情報はどこから得てきたの?」
「……それは……」
「刑事さん達から? もしそうなら、それは刑事さん達に任せて介くんは家で安静にしてて」
「いや、刑事さん達からじゃなくて……」
孝子さんの拒絶感が如実に伝わってくる。発言させないという意志が僕を抑圧してきて思考を阻害する。
だけど首を横に振ってみれば、思いの外孝子さんは聞く姿勢を取ってくれた。
「お母さんとお父さんを見つける手がかりは、僕しか知らない。僕が何も動かなければ、ずっとお母さんとお父さんは見つからないまま。それに、玲奈のお母さんの情報の手がかりもある程度突き止めてる。だから、僕が家から出られないってことは、孝子さんの首を絞めてるのと一緒になる。ごめんだけど、刑事さん達に全部は……任せられないから」
嘘はついてない。大元がアイ・コピーであることはもう分かった。
あとは居場所。主導権を有しているコピーを見つけて、今度はすんなりホワイトキューブで捕らえるんじゃなく、僕たちの要求に応えるまで拘束するつもりだ。




