第148話 この征く先に その2
「楓、さっき聞いたよな? 『警察の人にも襲われてたの』って。あれな、その警察の人の中にもAIがいたんだ。しかもそのAIは今回の文化祭の時のように暴れていたんだよ」
僕がどれだけ真剣に話そうと、楓には頓珍漢なことを言ってるようにしか思われていなさそうだった。
しかし、馬鹿にしてくることはなく、楓は僕が何を話しているのかを必死に理解しようと努めてくれている。困惑が見え隠れしながらも真剣な表情で僕を見つめていた。
「楓が記憶をなくしている間もそうだった。楓の中に、警察の人の中にいたAIが移って、楓とお兄ちゃんが戦うことになったんだ」
「え……そう、だったんだ……」
「多分、だけど……その時の記憶は、ないよね?」
訊くと、楓は悩まし気に小さく唸り始める。
「……うーん……お兄ちゃんに、銃を向けてる……夢? みたいなのは……」
「それは多分、夢じゃなくて薄っすらある記憶なんだと思う。実際、楓は銃を使ってたんだ。留置所にいた時、その事について聞かれたり聞かされたりしなかった?」
「あ……うん。事情聴取とかでは……聞かれた」
その話はあまりしたくなかったらしく、楓はばつが悪そうに視線を斜に逸らす。
「あ……ご、ごめん。嫌なこと、思い出させて」
「ううん。でも……そうなんだ。楓、お兄ちゃんを……殺そうとしちゃってたんだね」
「いや、厳密には楓がやろうとしてたわけじゃないけど……でもお兄ちゃん、自分の中にいるAIと協力して、楓の体を使って悪さしてたAIを捕まえたんだ。そして楓は正気を取り戻せたんだ」
「あ、捕まえたんだ。捕まえ、たのに……文化祭に現れたの?」
……どうしよ。そこに気付かれると〈AIの力〉の話が絡んでややこしくなっちゃうな……。
「文化祭に現れたのは……まあ、確かに楓の体を乗っ取っていたAIもいたし、そのAIの仲間も来てたんだ。校舎の外が暗かったのはその仲間のせいだし、高校の校舎が壊れたのもまた別の仲間のせいなんだ」
「あー……いっぱい、いるんだ」
「うん。ちなみに、楓の体を乗っ取ってたAIは、自分の分身を作れるという超能力的なものを持ってる。だから文化祭の時に現れたんだよ」
「……なんか、うん。ややこしい……」
分かる。本当にそう。これをいちから話し始めたら情報量が多すぎて処理しきれない……。
「まあ、ね。でも、これだけは言っとく。そのAIに、お母さんとお父さんも囚われてる。楓が乗っ取られていたように」
そう言うと、楓は一瞬パッと目を見開いたが、段々と気分が沈んでいくように顔を下げる。
「……そう、なんだ……」
しばらくして口にした言葉は、納得したのかどうかも判然としないものだった。
「楓。お母さんから電話来た時のこと、まだ覚えてるか?」
「……うん。電話出て、体がなんかおかしくなったの……」
「そう。あの時楓は、AIに体を奪われていた。電話の受話器から鼓膜を通って、楓の脳に入っていったんだ。それで楓はAIに乗っ取られて」
「お兄ちゃんの中にいるAIは……大丈夫なの?」
視線は下がったまま、どこか元気のない声で楓は訊いてきた。
「大丈夫だよ。楓を助けた時も、今回の文化祭の時も、お兄ちゃんの中にいるAIはお兄ちゃんを助けてくれてた。だから」
「じゃあ、玲奈ちゃんは? 玲奈ちゃんはなんで、意識がないの?」
「……え?」
楓に何を聞かれているのか、僕は分からなかった。なんで今ここで玲奈の名前がここで出てくる……?
「ど、どういうこと?」
「…………ごめん。なんでもない……」
楓は俯いたまま、膝元で強く両手を握りしめる。まるで何かを必死にこらえるように。
「……玲奈は、僕を助けてくれたんだ。学校のみんなや僕を襲うAIから、身を挺して助けてくれた。でも、AIに攻撃されて、今は眠ってる。でもきっと、また起きてくると思う」
玲奈の片腕は一度断裂してしまったけど、リペアさんの力のおかげで修復はできている。
しかし、腕が戻ったとはいえ、その前に多量出血している。リペアさんの修復が終わっても玲奈の意識がはっきりしている様子はなかった。脈はあったから……多分、大丈夫。
玲奈は息を引き返す。そう信じてはいるけど……玲奈の片腕が吹き飛んだあの瞬間が脳裏をよぎる度、不安が募る。疑念に飲み込まれそうになる。
どこかでまだ、玲奈の目覚めを信じ切れていない自分がいた。だけど、それら全部を飲み込んで、僕はただ前向きに玲奈の無事を信じてみせた。
しかし途端、楓の膝元に乗っている小さな拳に一滴の涙が静かに落ちる。
「ど、どうした!? 楓」
「もう、やだ……」
不意に涙声を上げる楓に、僕はどうにか力の入らない体をにじり寄せにいく。涙で濡れているその手の甲に、僕はそっと自分の手を被せた。
「大丈夫だよ、楓。お兄ちゃんがいる。また楓が襲われたら、お兄ちゃんが助けてやる」
「……やだ……」
「え?」
「だって……お兄ちゃん、いなくなったら……どうしたらいいの? お兄ちゃんが、起きなくなったら……楓、独りぼっちになる……。また……家族、みんなで……ご飯、食べたいのに……色んなとこ、行きたいのに……できなくなる……」
喉の奥から、腹の奥から、心の奥底から、楓の思いが綴られる。僕はその言葉に感化されて、思わず手を強く握ってしまう。
「……死んでほしくない……死んで、ほしくない……」
「……ごめん、ごめんな。心配かけて。ごめんな……。お兄ちゃん、もっと頑張るから……。お父さんと、お母さんも……助けて……みんなとご飯、食べよ? な?」
「やだ! 頑張らないで! 死なないで! もう……普通に生きてよ! お兄ちゃんまで、いなくなるの……やだぁ!」
どうにか力を振り絞って泣きじゃくる楓を抱きしめたけれど、決壊した感情はそう簡単に抑え込めない。どころか、僕もその波に飲み込まれてしまった。
「……そうだな。ひっ、ぅんっ……ぐっ……。ひとりは……やだもんな……」
それでも、楓みたいに泣き喚かないよう、なんとか声を殺す。楓の声も廊下に漏れないよう、顔を僕の左肩に埋めた。
それが今の僕にできる精一杯で、楓を慰める余裕なんてもう涙と一緒にどこかへ流れてしまった。
まだ僅かながらにあった体の痛みがなぜかその時だけ心に転移して、泣いてる間はずっと胸の辺りが苦しかった。




