SPRINT 07:召喚目的の説明に納得する
「よいか。おぬしのところに賢者様が来られたということだけではなく、そもそも今回の件で賢者様が召喚されたのではないかという疑いを持たれることがないように気をつけるのじゃ」
理事長は繰り返した。
「今回の件に、賢者召喚が関わっているということを知っているのは、おぬし以外に、わしとマイスナー先生だけじゃ」
「病院関係者も含め、誰にも漏らしてはならん」
「なぜ、六名もの学生が倒れたのかについてじゃが、何らかの魔法アレルギーによるものということにしておる。その詳細は不明で調査中という話じゃ」
『魔法にもアレルギーなんてものがあるのか』マリトは考え込む。
この世界、知らなければならないことが多そうだ。
「校長の話が長すぎたという原因も考えたのじゃがな、どうもいつも長いらしいからの」
理事長はいたずらっぽい口調で笑いながらつけ加えた。
「検査も魔法アレルギーの検査ということになっておる」
「賢者様は、この世界の未来を左右する、極めて重要な存在じゃ。」
「もし、賢者が召喚されたことがわかると、他の国との間で奪い合いが起きかねん」
「二日前には、未確認の大型の飛行物体がこのボルディアに侵入したという情報も入っておる」
「今回の召喚現象に関係あるのかどうかわからんが、十分に注意することじゃ」
『奪い合いだと!?もう勘弁してほしい!』――元の世界での争奪戦で巻き込まれて修羅場を見てきたばかりのマリトには、逃げ出したくなるくらい不吉な話だ。
しかし、ラミーシャに不安を感じている気配はない。
『日常とかけ離れすぎていて、ピンと来ていないのだろう』とマリトは思った。
「あのう。誰にも話してはいけないということはわかったのですが……」ラミーシャが切り出した。
「ルームメイトのシノハには、気づかれてしまうかもしれません」
「とても勘が良い子なので、隠し通せるかどうか、自信がありません」
理事長が考え込みながら話を続けた。
「ふむ。ルームメイトだと秘密を守るのは難しそうじゃな」
「かといって、いきなり一人部屋になると、むしろ不自然で怪しいと思うものもおるかもしれん」
「シノハと言えば、カリバのところの次期当主じゃな」
「そうじゃな。あの娘なら秘密は守れよう。もともと、あの家には守るべき多くの秘密があるからの」
「秘密が一つ増えたところで、問題はなかろう」
「彼女なら、いざというときに、おぬしを危険から守ることもできるかもしれん」
「おぬしも秘密をひとりで守り続けるのは辛いじゃろう」
「話せる相手がいるほうが良いかもしれんの」
ラミーシャは何度も大きくうなずいた。
『良かった』というほっとした気持ちが伝わってくる。
『さては、本音はそっちか』マリトは勘ぐる。
「今日、面会に来ておるそうじゃから、わしから伝えておこう」
「彼女以外には、一切他言無用じゃ。よいな」
「はい。誰にも話しません」
ラミーシャは、よどみなく、即答した。
『軽い!軽すぎる!もっと慎重に考えなくて大丈夫なのか?』――返事の軽さに、マリトは悪い予感しかしない。
「さて、堅い話はここまでじゃ」
「賢者様とはもう、話ができたかの?」
「はい。お父さんとは、話をすることができました」
これまで、体全体で軽く頷きながら話をしていた、理事長の動きがピタリと止まった。
「なんじゃと?」
「いま、お父さんと言うたかの?」
ラミーシャは、あわてて、言い訳を付け加える。
「あ、はい。『賢者様と呼ばれるのは落ち着かないので、お父さんと呼んでほしい』とおっしゃったんです」
『おいおい、ねつ造というか、最初と最後だけを使った「切り取り」だぞ。そんな風には断じて言ってないっ!』――
マリトは相手に聞こえないとわかりつつ、心の中で抗議する。
だが、理事長はラミーシャの言い訳を聞いていなかった。
「まさか、賢者様は男性なのか?」
と尋ねた。
「はい。私も賢者様というのは女の人だとばかり思っていて、びっくりしたんです」
理事長は動きを止めたままだ。
「名前は聞いておるかの?」
「はい。マリト様とおっしゃいました」
「おお、何ということじゃ」――理事長はうなった。
そして、もう一度、小さな声で独り言のように繰り返した。
「何ということじゃ。まさか、そんなことが。――あり得るのか?」
車椅子の肘置きをつかんでいる手が小さく震えているように見えた。
『え、その反応、ひょっとして、やっぱり本当に間違って召喚したんじゃ……!?』――マリトは焦る。
しばらく、間を置いて、理事長は続けた。
「いや、何でもない。こちらの話じゃ」
「気にせんでくれ」
『ええー!わたし、気になります!』――と、マリトは訴える。
「おぬしから聞いておきたいことはあるかの?」
ラミーシャは気になっている質問をした。
「はい。理事長は前回の賢者様を召喚されてから、その知恵を使ってこの国に様々なものをもたらしたと伺っています」
「私には同じような役割を果たす自信はありません」
「私で本当に大丈夫なのでしょうか?」
『私にも自信ないです!』――とマリトは強く同意。
理事長は答えた。
「そうじゃな。あれはおぬしが生まれるずっと前、三百年ほど前になるかの」
「もう賢者様はわしの中にはおらんが……」
「わしは賢者様から多くを学び、それを伝えてこのボルディアの基礎を築いたのじゃ」
「じゃが、いまのこの平和なこの国の姿を作ったのは、その後を引き継いだ、おぬしの曾祖父・曾祖母の努力じゃ」
『300年前だと!?この人は一体、何歳なんだ?それとも、この世界の人間は皆、寿命が長いのか?』――マリトの頭は疑問でいっぱいになる。
「おぬしが果たすのは、別の役割になるとわしは思う」
「この世界の終わりが近づいているということは、おぬしも聞いておるじゃろう」
「いま一番重要なことは、それに向けて何ができるのかじゃ」
『ええー?ちょっと待ってください!世界の終わりって何?セカイ系ラノベの世界かよ!』――マリトはまたしても、とてつもなく厄介なことに巻き込まれてしまったことを悟った。
「賢者様の知恵をもってしても、できることには限りがあるかもしれん」
「いずれにしても、おぬしはこの先、賢者様とともに、まだ見ぬ未来を切り拓いていくことになる」
「いろいろな困難もあると思うが、期待しておるぞ」
「はい。お父さんと一緒なら、きっと大丈夫だと思います!全力で頑張ります!」
ラミーシャは元気に答えた。
『いやいやいや。無理だって。気合いだけじゃなんともならないって。無理筋案件ひろってくるベンチャーの社長じゃあるまいし……』
脳天気な安請け合いに呆れるマリト。
「まあ、急ぐことはない」
「今日のところはここまでじゃ」
「おぬしもいろいろな状況変化で負担が大きかったじゃろう」
「ゆっくりと休むがよい」
「賢者様とは、もう少しこの世界になじんだ頃に改めて話をすることとしよう」
「しばらくはゆっくりと関係性を深めていくことじゃ」
「賢者様にもこの会話は聞こえておるのかの?」
「困惑されておるじゃろうが、召喚に納得してもらえると良いのじゃがな」
理事長は楽しげに笑った。
『そんなわけないだろ――やっぱり間違って召喚したとしか思えんっ!納得できる余地なんか1ミリもないわっ!』――マリトは心の中で叫んだ。
#STATUS: SPRINT FAILED. STATUS UNCHANGED.
理事長は意外に、おちゃめなキャラでした。しかし、間違って召喚されてしまった疑惑はますます深まっていきます。しかも世界の終わりに対応とか、無理筋案件になってきました。




