SPRINT 18:魔武闘術で相手を圧倒する
シノハはうずくまる敵兵士を飛び越えて、ラミーシャが馬車から運び出された地点まで移動した。
そこで馬を下りると、右側の山道に分け入った。
続く二騎も到着し、ライドウ妹のリクは敵兵士の武装解除のため残り、ライドウ兄のツヨシがシノハに続いた。
拉致集団の痕跡をたどって山道を登ると、下りの山道に入るところがあり、その先に低木しかない草地が広がっている場所に出た。
空隙震で生じた土砂崩れの跡地であり、できてからの時間が浅く、樹木が育っていない。
山を下りきった草地の入り口で拉致集団の背中が見えた。
ラミーシャを拉致した集団の3名は、けが人ひとりと、動けないラミーシャを運びながらの山道なので、思ったように移動速度が出せていない。
『わずか、ほんの20メートルほど先に、ミーシャがいる』
シノハは背中に向かって声をかけた。「ミーシャ!」
反応はない。
大男に肩を貸している女兵士が身体をひねって、どこかから取り出した銃を撃ってきた。
シノハは女兵士の手に握られている短銃らしいものを見て、木の陰に身を隠した。
『うかつに近づけないな』
この距離だと短刀を投げても当たらないと判断し、まずは状況を確認して奪還計画を練ることにした。
拉致集団の動きを目で追いながら、高い位置から全体の状況を確認する。
風は森の中ではほぼ無風であったが、平地になるとやや風を感じる。
日没を過ぎ、周辺はやや暗くなり、人の見分けがつきにくくなってきている。
1キロほど先に停泊している、迷彩色の巨大な飛行船を観察した。
飛行船の先端部分と数カ所が、地表に打ち込まれた杭と係留ロープで固定されている。
『飛行船でボルディアに侵入してきたというわけか』
『これに乗り込まれてしまうと、追跡の方法がなくなる』
『最悪、火属性魔法で動力を破壊するしかないが、その場合にはミーシャの安全が保証できない』
飛行船までの中間地点に、防衛のための丸太の防壁が作られていた。
おそらくボルディアの勢力からの追撃に備えて作られたものだ。
中央の通路を開けて、左右にそれぞれ30メートルほど、高さにして1.5メートルほどの丸太の杭がぎっしりと並んでいる。
弓や銃による攻撃を想定しているようだ。
さらに、飛行船のゴンドラの前にも、少し規模の小さい防壁が作られている。
銃声に気づいた兵士たちの動きが見えた。
防壁の間の通路に向かう拉致集団を迎えに来る形で、左右の防壁に二人ずつ配置され、両端から銃口をこちらに向けている。
このまま草原を進めば狙い撃ちだ。
ライドウ兄が追いついてきた。
「師範代、武器一式を持ってきました」
太刀二振りと、短刀を一振りを受け取ると身につけた。
ボウガンなどの飛び道具はない。
「状況どうでしょうか?」ライドウ兄が聞いてきた。
彼は現役警備隊員であり、学生のシノハより年齢も立場も上だが、道場での序列に従い、シノハの指揮下に入る。
「まずい状況です。飛行船に乗り込まれる前に奪還しないと取り逃がします」
「向こうの移動スピードは遅いが、これだけの銃があると簡単には出ていけない」
「まずは、武装要員を排除する必要があります」
シノハが答えた。
ライドウ兄は重ねて聞いた。
「先ほどのディトネーション・トリガーによる銃の暴発で武装解除するのはだめですか?」
「最終的には選択肢だが、できれば使いたくない」
「拉致している連中にも銃器があるので、暴発するとラミーシャも巻き添えになる」
「彼らの装備によっては命に関わる」
シノハが言った。
「魔武で行きましょう。瞬黒翔を使います」
「カルベ流魔武闘術ですね」ライドウ兄は答えた。
「使用する治安魔法の解除をお願いします」
「あ、そうですね。師範代はまだ学生なので、道場外で使用するには解除が必要でしたね」
ライドウ兄は装備してるバッグから手帳を取り出し、魔方陣の書かれたページを開く。
そして条件を伝えた。
「時間は10分間。範囲内で3秒継続。発動回数は5回を超えないこと」
「頻繁な発動は、後遺症が残るリスクがあります」
「この条件に同意できますか?」
治安魔法には人間の神経系に作用する魔法を含むため、後遺症が残るとその後の生活に支障が出る。
「同意します」シノハは答えた。
シノハのチョーカーが一瞬明るくなる。
警備隊の隊員は学生とは違って、魔法発動はチョーカーではなくリストバンドを使うが、こちらは光を発しない。
発動の秘匿性を高めるためだ。
「発動は念話ベースで。私が主導します」
シノハが言った。
「膝抜きでの足止めを最優先に、瞬黒翔から攻め、熱掌での武装解除を試みます」
「私は右側の制圧を、ツヨシさんは左側を、お願いします」
「これから走る地形をしっかり把握してください」
ライドウ兄はうなずいた。
◇
拉致集団は柵の手前にまで到達していた。
シノハは右上端に新たな光の魔方陣を描き、念話を使って、呪文を発した。
「膝抜、ゲヌ・タクトゥス!」
シノハのチョーカーが紫色に光る。
その瞬間、シノハの膝の力が抜けて、バランスを崩しそうになる。
膝の触覚の伝達が阻害され、まるで膝より先がなくなったような感覚に襲われた。
この世界で使われる魔法は原理的に、作用範囲内であれば無差別に影響を及ぼす。
拉致者達だけでなく、自分たち自身にも、他の敵兵士にも同じ効果が現れる。
とはいえ、作用させる効果とタイミングが決められる発動者が圧倒的に有利だ。
負傷した部下に肩を貸していた偽ナースも、ラミーシャを担いでいる男もバランスを崩し転倒した。
防壁の敵兵士は驚いて、膝とふくらはぎに手を当てて感覚を確かめる。
シノハは抜刀し、膝から下の感覚がない状態で、右側の防壁へと駆け下りる。
常時発動魔法によって、筋力強化がなされたシノハの走りは、チーターのようなネコ科の動物の走りを連想させる。
この状態で転倒することなく全力疾走できるのは、長期にわたる修行の賜だ。
ライドウ兄も逆方向へ走っていく。
#STATUS: SPRINT COMPLETED. PROJECT IN PROGRESS.
ここで、魔法の極めつけの制約が明らかになりました。影響は相手にだけでなく、自分たちにも出てしまうというものです。精霊さんは無差別なのです。よって、必殺の魔法を放つと自分もやられてしまいます。相手を殴ると自分も痛いというあれですね。故に修行が必要というお話になっています。深い。のかな?




