SPRINT 19:飛行船部隊を制圧する
膝から下の感覚がないまま全力疾走するシノハは、さらに別の光の魔方陣を右上空に浮かべて呪文を発する。
「暗転、ヴィスス・シグヌム!」
今度は目の前が真っ暗になる。魔方陣も消える。
視覚信号が遮断されたためだ。
3秒すると元に戻るが、この間も全力疾走を継続できれば距離を一気に詰めることができる。
暗闇の中の全力疾走は、一歩間違えば障害物に激突する危険を伴う。
防壁を越えるまで右に走り込んだシノハは、暗闇の中、左に鋭角的に方向転換して、防壁の内部へと回り込む。
視界を奪った後に、全く予想しなかったところに出現する。
それがカルベ流魔武闘術の瞬黒翔だ。
魔法はそれ単体でなく、発動を想定した身体的な動きも合わせて、はじめて効果的な技となる。
「目が!目が!」という敵兵の動揺した叫びで、位置を把握する。
視界と共に魔方陣が戻った一瞬で、三度目の呪文を発する。
「熱掌、パルマ・カロール!」
シノハは、両方の掌に高熱を感じる。
太刀を握る掌は、まるで、真っ赤に熱せられた鉄の棒を握っているように感じられる。
反射的に手を離さないように、耐えがたい痛みに耐えて、逆にさらに強く握り込んだ。
◇
防壁の右端にいた敵兵士は、光が戻ったと思った瞬間、暗闇の中で銃が焼けるように熱くなったのを感じた。
「熱っ」という言葉にならないうめき声と共に、反射的に銃から手を離す。
そして、視界を取り戻した彼の目に映ったのは、制服を着た女子学生が、上段に構えた太刀を彼に向かって振り下ろす光景だった。
体重の乗った斬撃が、彼の左肩を破壊する。
よろめきながら左肩に向けて添えようとした左手が、次の太刀の一閃で切り落とされる。
切り口から真っ赤な血が噴き出した状態で、驚きと苦悶の表情で、転倒し地面にうずくまる。
シノハは、相手の戦闘不能を確認して、今度は防壁の通路側に配置されていた兵士に向かう。
通路側の兵士は、太刀を持った女子学生が仲間の兵士を襲い、そこから恐ろしい速度で自分に向かってくるのを見た。
何が起きているかを理解できないまま、腰をかがめて銃を拾い、左前方から向かってくる相手に向けて、腰だめで銃口を向けた。
だが、左側にいたはずの相手が、次の瞬間に前方右下にいて、そこから刀身が翻えるのを見た。
それが彼に見ることのできた最後の光景だった。
◇
シノハは向けられた銃口に対して、左へステップして射線を外し、相手の右側に踏み込んだ。
姿勢を低くかがみ込むと同時に、刀を持った右手を伸ばし、片手で左から右へ、刀の切っ先で大きく円を描くようにして、相手の両目を水平に引き切った。
銃から発射された弾丸はあらぬ方向へ飛び、敵兵は銃を放り出し、呻きながら目を覆いながら、膝から崩れた。
戦闘不能になっていることを確認しながら、中央の通路にいる拉致集団へと向かう。
反対側の防壁でライドウ兄が、兵士2名を制圧しているのを、視界の左端で確認する。
拉致集団はもうあと10メートルほどで飛行船のゴンドラに到達する。
『女性兵士は銃を持っているが、転倒の影響か、動きが鈍っている』
『かわして間合いに入れそうだ。今がチャンスだ』
シノハはそう思い、駆け込もうとした瞬間、別方向からの銃弾が地面に着弾した。
ゴンドラの手前にある防壁からだ。
残りの2名。そのうちのひとりは指揮官クラスだ。
急いで防壁の外側に待避しつつ、4回目の呪文を発する。
「ゲヌ・タクトゥス!」
再び、膝が抜ける感覚。
「幻術だ。惑わされるな」敵方の声が聞こえる。
『連発すると気付かれるか』
『だが、わかっていても訓練なしに対処できるものじゃない』
拉致集団はゴンドラを目の前にして、再び転倒した。
「熱掌、パルマ・カロール!」
刀を持つ手が焼けるように熱い。
しかし、今回は敵も武器を落とすことなく、灼熱に耐えながら射撃を継続してきた。
出られない。
『くっ。武器をテーピングで掌に固定したのか。いつの間に……』
敵ながら対応力の高さはたいしたものだ。
『これで発動は5回目。撃ち止めだ』
回復にはあと数分かかる。
拉致集団は起き上がるとゴンドラのスロープへと倒れ込むように進む。
ゴンドラから乗組員が出てきて、ラミーシャを引き上げる。
ライドウ兄に念話で伝える。
「船内に乗り込まれたが諦めるな」
「前方の指揮官を回収するまで出発できないはずだ」
「なんとしてでも足止めする」
ライドウ兄からの念話が届いた。
「敵の武器を使いましょう」
彼は敵が落とした武器を拾い上げ、発砲を開始した。
シノハも、敵兵士が落とした短銃を拾い、相手に向けて引き金を引いてみる。
引き金を引いた瞬間、強い反動を受け、弾丸はまったく予期しない方向へ飛んだ。
数回撃つうちに、牽制ができる程度の精度では撃てるようになった。
ただ、残弾数がわからない。
相手がゴンドラに向かおうとするたびに撃つ。
ここで、時間が稼げれば、装備が充実した後続部隊が来るはずだ。
防弾手段があれば、相手の火器にも対処が容易になる。
やがて、ライドウ兄の銃が沈黙した。弾切れだ。
彼は、銃を放り捨て、再び抜刀する。
やや遅れてシノハのほうも、弾が切れた。
銃を捨て、抜刀する。
それを合図に、敵がこちらに牽制の弾を数発撃ち込み、ゴンドラへと走った。
シノハとライドウ兄も、後を追って飛びだそうと身構えた。
そのとき――
一陣の強い風が吹き、シノハ達は信じがたい光景を目にした。
飛行船をつなぎ止めていた複数の係留ロープが、するりとほどけ、飛行船が少しずつ上昇を始めたのだ。
『なに?指揮官を見捨てて発進するのか!』
シノハは空を見上げ、ぎりぎり間に合わなかった自分の判断の甘さを悔やんだ。
ゴンドラへ駆け込もうとしていた地上の指揮官も、走るのを止めた。
彼らを待っているはずのゴンドラが、頭上およそ1メートルの高さに浮いている。
指揮官の兵士は、上空を見上げながら「どうなってるんだ……」とつぶやいた。
『飛行船の破壊を先にすべきだった』
『瞬黒翔を数回使えば、気づかれないうちに、飛行船まで届いたはずだ』
『どうして思い付かなかったんだ……』
シノハは湧き上がってくる後悔の念を振り払い、次に何ができるかに思考を集中する。
『火属性魔法で船内の武器の暴発を図るか?』
『しかし、無防備のミーシャの近くで暴発が起きたら……』
「ミーシャ?」念のため念話を試みるが反応はない。
ゆっくりと上昇する飛行船。決断までに残された時間はわずかだ。
シノハはかすかな違和感を感じた。
『ゆっくり上昇するのはなぜだ?』
『離陸するなら急上昇するのでは?』
そう思って、駆動側を見るとプロペラが回っていない。
『何かの異常か……?』
次の瞬間――。
敵味方の全員の目が飛行船を見上げる中、轟音と共に、ゴンドラの後部が爆発した。
炎が燃え上がる。
爆発に反応して身を伏せるシノハ達の上へ、火の付いた船体の破片や積み荷らしきものが降り注ぐ。
そして、火に包まれながら、飛行船は速度を上げて上昇を始めた。
シノハは燃え上がる飛行船を見上げて、悲痛な叫びを上げる。
「ミーシャ!!」
『間に合わなかった』
シノハの両眼から涙が流れ落ちる。
「守ってあげられなくて、ごめん……」
はるか上空へと上る飛行船を見上げる視界が、涙でにじんだ。
#STATUS: SPRINT COMPLETED. BUT MISSION HAS FAILED.
カルベ流魔武闘術。なんとなく厨二っぽいネーミングの技名が色々出てきますが、地味魔法と日頃からの鍛錬による技の連携で戦力差のある相手を追い込んでいきます。それでもぎりぎり届きません。残念です。




