SPRINT 17:逃走する拉致集団に追いつく
シノハにラミーシャが拉致されたかもしれないという情報をもたらしたのは、学園からの緊急念話だった。
そのとき、彼女はラミーシャとの昼食の後、倒れた他の学生に対する面会を順番に行っていた。
シノハは現生徒会長として、ラミーシャだけでなく、他のすべての生徒の容態についても把握しておく責任があった。
ただ、最後に面会に行ったラミーシャの兄リスカールとだけは、結局話をすることができなかった。
リスカールは昨年度まで、生徒会長を務め、シノハは副会長として彼を支え、教員からの信頼の厚い生徒会運営を共に行ってきた。
ラミーシャがリスカールの妹で、またシノハのルームメイトでもあることから、生徒会活動以外で三人で過ごすことも多かった。
自然と二人は恋人同士と見なされ、周囲からも公認の美男美女カップルとして憧れの的になっていた。
しかし、昨年の武闘大会の決勝で二人が対戦し、シノハが圧勝してしまったことから、その関係は決定的に崩れてしまった。
リスカールは幼少期から剣術の研鑽を重ね、それまで負け知らずの破格の強さを持つ、自他共に認める『学園最強の剣士』として知られ、本人もその力量に揺るぎない自信を持っていた。
彼はあまり感情を表に出すタイプではなく、『氷の貴公子』などと呼ばれ、学内の男女問わず慕う学生は多かった。
それが、全学生が注目する決勝戦で、1年後輩のシノハに全く歯が立たずに敗れ去ったとき、彼は膝をついたまま茫然自失となり、しばらく立ち上がることも出来なかった。
その後、彼は任期を待たずに生徒会長を辞任し、その後任にシノハが就いた。
シノハは、今年度も生徒会長を務めている。
この事件以来、二人が言葉を交わすことはなかった。
このことがラミーシャが兄のことが許せない理由だ。
「一度試合に負けたくらいで、なに悲劇の主人公になってるのよ」
「それまでに積み上げてきた多くのことの価値は、兄さんにとってその程度のものだったの?」
この試合結果が生じたのには込み入った事情がある。
シノハは、古くからの武術流派であるカルベ一門の現当主の一人娘であり、代々続く剣術の才を受け継いでいた。
カルベ一門の技能には特徴があり、一定の研鑽を積んだ後に「覚醒」を経験することで、すべての技を統合して扱うことができるようになる。
覚醒には条件があり、積み上げた研鑽の量と才能に加え、対峙する相手の力量が大きく関わる。
達人クラスの力量を持つ相手と対峙したときに初めて、必要に迫られて覚醒が起きると考えられている。
覚醒の際には、統合の度合いによって髪色が、部分あるいは全体が黒から深紅に変化する。
リスカールとシノハにとって不幸だったのは、リスカールが学生の域を超えた強さの領域に至っていたことだ。
決勝までは覚醒することのなかったシノハの剣技が、リスカールと対峙した瞬間に覚醒し、圧倒的な力量差を生み出してしまった。
その結果、リスカールは完膚なきまでに打ち倒されてしまったのである。
この「強さ故に敗れた」という矛盾した事情は、リスカールには到底受け入れることができないものだった。
◇
病院で面会を求めたものの予想通り断られてしまい、
『あの衝突は遅かれ早かれ起きたのかもしれない』
『さすがにもう諦めるべきだろうな』
シノハがそんな考えを巡らせていたそのとき、緊急の念話が届いたのだった。
念話は、特定の相手と遠隔で話をする魔法的な手段である。
魔法の使用が可能な者同士で、かつ、相互に許諾した相手とだけ会話が可能だ。
内容は、フェルナト街道をヴォリナ方面へ向かう馬車で、病院から乗ってきたブリヤ魔法大学の学生二人が襲われたというものだった。
二人のうち一名は重体で、ブリヤにある病院に運ばれているとのことだ。
『昼に一緒にランチしたアランとケイじゃないか』シノハは愕然とした。
犯人は男女で、一方がナースもう一人が従者に扮しており、拉致した人物を車椅子の婦人に偽装して運んでいる可能性が高いという。
病院内を確認したところラミーシャがいなくなっており、また男女のナースが1名ずつ、病院の一室で殺害されているのが発見されたというのだ。
このことからラミーシャの拉致が疑われるとのことだ。
手際の良さから組織的な犯行であると判断され、警備隊から武装した要員を組織して対応を進めているとのことだ。
学園の生徒には有力者の子女も多く、学生の拉致未遂は過去にも数件起きている。
しかし、それらの多くは、拉致されている学生本人が、拉致されたことに気付くのと同時に解決している。
魔法が使えることによる優位性は絶大で、学園生徒を一般人が長時間拘束するのはほぼ不可能なのだ。
『しかし、これは学園生徒の拉致ではなく、賢者様の拉致だ』シノハは思った。
『賢者召喚自体が極秘のため、その緊急性はおそらく警備隊には伝わっていないはずだ』
『対応の遅れは致命的になりかねない』
そう考えているうちにもう一件、念話が入った。
理事長からだ。
午前の個別の打合せの際に連絡を可能にしておいたのが、早くも役に立った。
緊急事案のため、事情は伏せたまま救出に協力してほしいとの要請だ。
警備隊や学校への必要な助力要請は理事長名で行って良いとのことだった。
◇
シノハは、一階まで駆け下り、病院に来るのに使用した馬に飛び乗り、馬車の追跡を開始した。
同時に、警備隊の中でも優秀な道場門下生であるライドウ兄妹に念話で連絡を入れた。
まだ正式な出動命令は下りていないという返事が返ってきた。
『急がないとまずい』
彼らには追跡への協力を求め、道場からシノハの武具一式を持ってくることを依頼したのだった。
学生達が襲われたブリヤ近傍地点は、馬車で約2時間。
この時間差を埋めなければならない。
単騎の騎乗では馬車の二倍以上の速度が出るが、間に合うかどうかぎりぎりだ。
病院を出て、急ぎ街道を南に進む。
途中、30分後に警備隊所属のライドウ兄妹が合流してくる。
兄のツヨシと妹のリクは魔法大学の卒業生であり、現役の警備隊員である。
一方で、シノハは二人が通うカルベ道場の次期当主であり、道場でも圧倒的な強さを誇る師範代を務めている。
道場では実践さながらの戦闘訓練が繰り返されており、三人の練度の高さこそが今回の鍵になるはずだ。
シノハは戦闘力も指揮力も抜きん出ており、警備隊隊員への正規の指揮権があるわけではないが、有事の際には二人は自然とシノハの采配の下で一体的に行動できる。
◇
シノハを先頭にして、二騎がその後に続く体制で、馬を駆ること2時間。
はるか前方に、ラミーシャを拉致した馬車を視認することができた。
土埃の向こうに幌が揺れている。
馬車の方もこちらの追跡に気付いたようで、速度を上げた。
差が思うようには縮まらなくなってきた。
それでも馬車と単騎とでは速度差は大きい。
少しずつ距離を詰めながら、30分ほど追跡を続ける。
馬車の定期運行の終点はヴォリナの町だが、それよりもかなり手前で馬車が止まった。
街道の右側はアシリア山へと続く森林地帯になっている。
そこから数名の兵士達が姿を現した。
ロープで何カ所も縛られたラミーシャが、馬車から運び出され、肩に担がれていくのを見た。
『急がなければ、手遅れになる』そう思った。
銃を持った兵士達が5人、街道いっぱいに拡がり、膝立ちになってこちらに銃を向けてきた。
その後ろに立つ指揮官が、止まれという指示を身振りで示す。
シノハもその後ろに続く2騎も速度を緩めない。
50メートルほどの距離になったときに、指揮官は号令を発した。
「最初の目標は先頭の一騎。レディ……」
「ファイア!」
敵指揮官の号令をわずかに先行して、シノハは銃を構えた兵士たちを見据えながら、視界の右上のぎりぎりのところに、白く光る魔方陣のイメージを浮かべて、魔法発動の単語を発した。
「クィンケ・ウト・ラディウス……」
「ファイタキス!」
同時にシノハのチョーカーが、赤く光り、火属性魔法が発動された。
シノハ達の使う魔法はそれ自体が炎や爆発を起こすことはない。
あまねく存在する精霊が、元々ある物質の性質の発揮の仕方に、わずかに介入するだけだ。
シノハの放った発動メッセージは、魔法の効果範囲内の爆発物に宿る精霊にとどいた。
轟音と共に、彼女に銃を向けていた兵士の周辺全体を、爆炎と黒煙が覆い、一帯が浮き上がったように見えた。
そして、銃を抱えていた兵士全員が腕、顔面、腰を中心に身体の数カ所から血を流し、道にうずくまった。
兵士達自身が持参したすべての銃、銃弾、爆発物が物質内部からの刺激により、一斉に暴発したのだ。
#STATUS: SPRINT COMPLETED. PROJECT IN PROGRESS.
拉致集団への追跡劇が、シノハ視点で描かれます。このお話での魔法は、基本、地味なものが多くて、火の玉が飛んだり、粒子ビームが出たり、巨大な岩を動かしたりはできません。
それでも、使い方次第で効果を出すように工夫をこらすあたりに面白みを感じてくださる方がいたらいいな、と思っています。
そんな風に思ってくれた方、もしいれば、「いいね」してください。




