その八(2)
「騒ぐといってもね、度を超して、つまみ出されたら意味がないだろ。あんた、球場のルールに従うべきだと、さっき言っていたことを忘れたのかい」
「そうだったな」
絵里はそう答えた。そのあと、競羅は天美の顔を見つめて言った。
「その顔つき、あんたの方は、まだ不満そうだね」
「それはそうでしょ。あんな、大きな旗振られてたら危険でしょ。みんな遠慮顔してるし、わったしセラスタにいたときから、ああいう横暴な人たち見ると腹立つの」
「ですけど、天ちゃん、彼らは年間指定席を買って、あの場にいるんすよ」
数弥が声をかけてきた。
「そんなのあるの?」
「ええ、全試合の半数近くは、ホーム球場で行われますから、年間指定席というのが用意されているんす。彼らは、その指定席内で行動をしているんす」
「そうだと言っても・・」
その天美の声をさえぎるように競羅は声を出した。
「あんたの負けだよ。彼らはね数弥の言う通り、きちんと入場券を確保して陣取っているのだよ。そこで何をしようが彼らの勝手だろ。実際、その行動が許されないのだったら、とっくの昔に球場から追放されているよ。昔に比べたら、本当にましになったというか」
「ええ、外野が自由席だったとき、応援団と一般観客と席の取り合いで、不幸にも人が死んだこともありましたからね。実際、大昔は応援団をヤクザが仕切っていましたし」
「その通りだよ、年配の知り合いは懐かしそうに、こんなことを言っていたからね。プロ野球が始まった頃はひどい有様で、席の取り合い、酔っ払ったファン同士のケンカはしょっちゅう、球場としても、警察を入れるわけにはいかないから、自分たちが球場に頼まれて、それらの監視や仲裁をしていたと」
競羅の言う知り合いというのは、お察しの通りだ。
「昔はそうかもしれませんね」
「それにね、今回、こっちがかかわった野球賭博だって、野球が始まった当時は、もう当たり前のように行われていたのだよ」
「姐さん、その話は、ちょっと」
数弥がそう声を出し、競羅も、
「そうだね。この話はさすがにまずいね。話題を変えるよ、さっき、数弥が応援団のことを話していたけど、これも、昔はこっちがケツ持ちをしていたみたいだね。若い頃、席を取るために、朝一番に並んで切符を買わされた、と言っていたよ」
競羅は話題を変えたつもりなのだが、一般から考えると変わっていなかった。数弥は困ったような顔をしながらも、次の言葉を、
「でも今は応援団には証明書がいりますから、ヤクザは無理なんすよ」
「ヤクザは無理でも、愚連隊は大勢いるぜ。彼らもそうよ」
声を出したのは絵里である。そして、そのまま、言葉を続けた。
「どこの組にも属してなかったら、何とでも肩書きが作れるからね。所長が言っていたよ。渡世でがんじがらめの組員より、彼らの方がたちが悪いってね」
「まあ、確かにそうかもしれないね。奴らからは危険な匂いが、かなりするからね」
「それで、結局、本当にあの場所にホームランボール、飛び込んだら取っていいの?」
天美がそう、じれたように声を上げた。
「天ちゃん仮定な話はやめましょう。そんな、確率的に少ないときのお話をするのは」
「ちょっと数弥さん!」
ここで天美が小声ながらも鋭い声を上げた。そして、そのまま次の言葉を、
「確率少ないって、だったら、どうしてこんな作戦、選んだの。もしかして、この広い外野スタンド、ホームランボールどこ飛んできても、大勢の人たちの間走ってわったしが取れると思ったの。まさか、そこまで、考えてなかったとかはないよね」
「それはそのー」
数弥の言葉が濁った。そして、競羅も口を開いた。
「どうやら、図星だったようだね。あんた、そこまで考えていなかっただろ。実際、この子のユニホーム姿見たさに作戦を考えたのではないのかい。まあ、こっちとしては作戦が失敗してもかまわないけどね。今日で楽しみの一つが減るのは勘弁してもらいたいから」
競羅の言葉が終わるのを待っていたかのように、上方から、ジェット気流のような電子音が聞こえてきた。と同時に激しく何かが光り始めた。思わず絵里が口走った。
「始まるよ。本当は、これを直接見たかったんよ!」
そして、今まで球場のCMが流されていた、外野席観客用のモニターが切り替わった。
球場内に女性の声が流れてきた。
【お待たせいたしました。帝都チャンピョンズ対横浜HOWライトラインズ第十八回戦、両チームのスターティングメンバーならびにアンパイアのお知らせをいたします。
先攻の横浜HOWライトラインズ 一番ライト与野・背番号7 二番レフト鴨池・背番号8 三番ファースト、ウイリアムス・背番号4 四番指名打者ガーナー・背番号9 五番サード森崎・背番号5 六番センター高部・背番号0 七番キャッチャー道尾・背番号25 八番セカンド島尾・背番号6 九番ショート渡瀬・背番号30 ピッチャー緑川・背番号17 監督、宇治谷光雄・背番号70 続きまして、ホームチームになります】
ここで、アナウンスが止まった。そのあと球場内を駆け巡るような光がほとばしり、モニターに【王者光臨】という虹色の文字が映った。
そのあと、画面にフラッシュバックのように、王者の選手たちが次々と登場した。そのショートムービーは約二分間ぐらいか。過去の優勝シーンとか名場面のダイジェストとか、
ムービーが終わり、王者の応援団の演奏が終わるかを待っていたように、
【後攻の帝都チャンピョンズ 一番ライト大友・背番号10 二番ショート有吉・背番号7 三番ファースト、オルソン・背番号49 四番センター屯倉・背番号8 五番指名打者、マーティ・背番号44 六番キャッチャー下条・背番号23 七番レフト金子・背番号9 八番サード久能・背番号31 九番セカンド遠山・背番号6 ピッチャー、ギラート・背番号15、監督、富島和典 背番号88 球審・竹尾 一塁・藤 二塁・菊井 三塁・松野、以上、四人の審判で本日の試合を進行させていただきます】
アナウンスが終わると競羅が声を上げた。
「昨日は、これを見なかったわけだね」
「そうす。開始一〇分前に入りましたから、終わっていました」
「王者の方は、実際、選手が光臨してきたみたいで、まあ、なかなかの見世物だったね」
「ええ、ライトラインという名のお株を奪うような光の演出でしたね。でも、今はどこの球場でも、これぐらいの演出はしますよ。ファンサービスあっての球場すから」
「しかし、不公平に見えるね。王者の方は、紹介の合間に入る応援団のチャチャを入れたら、相手の三倍ぐらいは時間を取っていなかったかい」
「ホームチームすから不思議でもないすよ。ある球場では、メンバー紹介の声までビジターは女性、ホームチームは男性と区別をしているんすから」
「そうなのかよ。どこの球場も、なんか、こっちの思ってたイメージと違う感じがするね。さて、試合開始までは、あと一〇分ちょいか」
競羅はバックネットに掲げてある大きな時計を見つめていた。




