その九(1)
九
《プレイボール》その球審の宣告とともに試合は始まった。そして、競羅が声を出した。
「王者の先発は外国人ピッチャーだね」
「ええ、ドミニカ出身のギラート選手す。配球は悪いすけど、力のある球を投げます」
「配給が悪いということは、コントロールはもう一つか」
「ええ、冷静さを失うと、ハチャメチャな投球になりますが、調子のいいときは、百五十八キロぐらいは出しますから」
HOWの先頭バッターは昨夜と一緒の与野だ。
「この選手だろ。昨日、いきなり本塁打を打ったのは」
「そうす、初球ホームランでした。今回は王者も警戒をしているでしょう」
ギラートが、その初球を投げた。外角低めのストライクだ。きわどいところだが、
「やっぱり、はええなあ、一五五キロよ」
単眼鏡をのぞいていた絵里が感心したような声を上げた。
「あんた、いいものを持ってるね」
「これか、所長が貸してくれたのよ。これぐらい小型だと、どこでも持ち込めるからね。倍率もすごいぜ、この大きさで百倍までいくのだからよ」
「百倍すか、僕の持ってきたものと倍率は一緒すね」
と言って、数弥がカバンから出して見せたのは双眼鏡だ。五〇〇グラムを超えているのか、ずっしりと重かった。絵里の方は八〇グラムぐらいか。そして、数弥は、
「天ちゃんの分も持ってきたんすけど、こっちの方が断然、スマートすね」
「わったしは、こっちの方で充分だし」
天美は全面のモニターを見つめながら言った。バッテリー間が、バックネット側カメラとセンター側カメラを交互にして、映し出されているのだ。
「そうすね。だんだん、便利になってきていますね。それよりも、今は観戦すよね」
ギラートは二球目も、外角高めのきわどいコースでストライクをとった。
三球目は低めのカーブのボール球。そして、四球目、同じく、高めの百五十五キロのボールコースであったが、与野は振って三振だった。それを見て絵里が笑った。
「ははは、くそボールを振ったよ」
「あれは、釣り球というものす。ボールに勢いがあるので、思わずバッターも手が出てしまうんすよね。それだけ早いということすよ」
「だろー、だから、ギラートはすごいんよ。次も三振よ」
天美は考えていた。数弥から聞いた限り完全なボールだ。果たして、自分だったら、あの百五十五キロの球、つられて振るだろうか。まずは振らないだろうと。それだけ、セラスタ時代は過酷な訓練を受けたことを。
そして、二番の左の鴨池がバッターボックスに立った。数弥の解説が入った。
「この選手も、結構すごいんす。昨日は見せ場がありませんでしたが」
「そうなのかい、普通の左バッターに見えるけどね」
ギラードが初球を投げた。左バッターにとって内角高めだ。ミットに収まった後、主審と二言三言、会話した後、鴨池は一塁に歩きだした。
スコアボードのBの場所が点灯した。それを見た数弥は、
「初球ですから、これはデッドボールすね。バッターにボールが当たるとこうなります」
「当たったように見えなかったけどね」
「ボードに表示が出ましたからね。かすっただけでしょう。そういうことで、天ちゃん、バッターにボールが当たったとき、一塁に行くことができるんす」
「そういうことあるなら、教えてくれたら、もっと、観察してたのに」
三番ウイリアムスが左バッターボックスに立った。数弥の説明が入った.
「ここで、ウイリアムスすね。ここまで、ホームランを十七本打ってます」
「ほお、十七本か、まずまずの数だね」
そのウイリアムスに向かって初球を投げた。ワンバウンドのあきらかなボールだ。
『へいへい、ピッチャー、ストライクが入らないよ』
天美の耳に、三塁側のどこかから飛んでくる、やじが聞こえた。スペイン語でも、
『OYE ××××××× TU ×××××× NOCHE ××××』
いう声が。そのセリフを聞き彼女は思わず顔をしかめた。とんでもなく卑猥なスラング語であったのだ。その声が聞こえたのか、ギラートの顔色が少し変わった。
ランナーの鴨池もギラートをいらつかせていた。さっきから、何度も大きなリードを取って、牽制球を投げさせているのだ。その光景を見ながら競羅は天美に向かって言った。
「昨日もあったね、こういう展開、走者は塁に出ると、ああやって、ゆさぶるのだよ。特に初回はね、ピッチャーが不安定だからね。こういうときこそ、仕掛けるものなのだよ」
ここで、球場が大きくどよめいた。ギラートの投げた二球目がすっぽぬけて、ウイリアム選手の頭上を通過したのだ。ボールは、そのままバックネットに転がっていった。
それを見て、当然のように二塁に向かった鴨池。
「ワイルドピッチすね。言葉通り、野生のピッチングす。つまり、荒れ玉すね。思うようにボールがいかないうえに、走者が挑発してましたからね」
「けどね、すごい速い球だろ。大丈夫かい。あれが頭に当たったら、まずいよ」
「ええ、当たったら大変すよね」
「それよりも、あんた、なんで、あの走者、二塁にいったかわかるかい」
ここで、競羅はそう天美に向かって尋ねた。
「そんなのボールが、後ろに転がっていったからでしょ」
「ははは、さすがに、確かにそれぐらいはわかるよね。ああやって、相手がスキを見せたら進塁してもいいのだよ。ただし、送られた球に、先にタッチされたらアウトだよ」
鴨池のゆさぶりも続いた。リードを広げ、ギラートは、その都度、しかめっつらで牽制球を投げていた。そして、天美が言った。
「あんな、しつこく、やるの?」
「ああ、ちょい、やりすぎだとは思うけどね、昨日は、まったく走者が出なかったから、こういう展開は終盤だからだったけど、初回から、これじゃあ、この先、思いやられるね」
三球目もワンバウンドに近いボールであった。
『ノーコン、へぼピッチャー』
を意味する、心ないスペイン語のやじが三塁側からとんできた。その結果、ギラートは球を制御できなかったのか、ボールはウイリアムスの肩に当たった。天美が声を上げた。
「あー、あれは、あたっちゃったよね」
ボールが当たったウイリアムスは、ギラートをにらみつけた。だが、ギラートはあやまらず平然とした顔をしていた。ウイリアムスは、ムッとした顔をして一塁に向かった。
「一塁はあいてるし、わざとじゃないのか」
「そうだな、スリーボールだったらからな。でも、次はガーナーだから、どうだろう」
この外野席のどこからか、二人の男性が会話をする声が聞こえてきた。




