終了(1)
最終
九回裏が始まった。先頭打者は、あの屯倉の子分の一人大友だ。
「ほおー、バントか、おそらく奴から、どうでも出塁をしろ、と言われてるのだろうね」
競羅の言葉通り大友はバントの構えをしていた。マウンド上の塚間は、大きなモーションで初球を投げた。百六十キロの上にぐんと伸びる鎌首ストレートだ。バントを試みようとした大友は球を当てることができたが、その勢いに弾き飛ばされた。結果はファール
続いて第二球、百五五キロのフォークだ。今回も、バントを試みようとしたが、バランスを崩し、つんのめってしまった。判定はストライク。競羅がぼやいた。
「本当だね。数弥の説明通り、あれぐらいの速度になると、球の見極めは難しいよ」
ただ、天美は不敵な表情をして見つめていた。気になったのか競羅は、
「見ただろ。速くても直球ぐらいなら、こっちだって打てるかもしれないよ。けどね、手前であんな変化をされたら、あのように、バランスを崩して当てることすら難しいのだよ」
三球目は百五五キロの外角に逃げるシュートだ。これにも手が出ず、三振であった。
「さすがというか、何とも言えないピッチャーだね」
「ええ、見てください。もう、残ったみんなも帰っていきます」
「それはそうだろうね。先頭バッターを三球三振、あの調子を見たらね、もう」
「ええ、ここも、応援団を抜いたら、残ってるのは百人いるかいないぐらいすか」
左バッターボックスには二番の有吉が立った。
塚間は、またも大きなモーションで初球を投げ込んだ。有吉も、同様に出塁を試みようとバントをしたが、百六十キロの鎌首ストレートは、ぐんと上に伸びてキャッチャーミットに突き刺さった。大友と同様、引いた反動で、しりもちを打った有吉。思わず競羅は、
「まったく話にならないよ。奴でも、バットに当てることすらできないのだから」
それでも当てようと、有吉はバントの姿勢を試みた。二球目は、外角に逃げていく百五五キロのシュートだ。かろうじてバットは当たったが、跳ね返されてファール。
三球目は左打者には、内角をえぐる百五五キロのスライダーが決まり、三振であった。
「やっぱりだよ。これで終わりだね。一塁側も帰る人、大きく増えたね」
「ええ、調子が悪いかもと、とワンチャンスをかけていたのでしょう。ですが野球は九回ツーアウトから勝負といいます。昨夜の試合は、まさに、それを具現していたすよね」
「ああ、確かにね、野球は試合終了になっても、何が起きるかどうかわからないスポーツの一つだよ。けどね、あの冥王様から点を取るのは、あきらめた方がいいと思うよ」
「ざく姉、そんな弱気じゃダメでしょう。がんばって、くらいついてかないと」
天美がとがったような声を出した。
「でも、さっきも言ったように、あんた当てることできるかい? 二人があのざまだよ」
「もし、人とかの命、掛かってたら、あの人たちぐらいまでは、当てることだけはできる」
「ほお、言うねえ。でも当てても、見た通り、あの二人と同様、はじき返されてファールだよ。昨日、覚えたよね。野球ではスリーバントでもアウトだということを」
「そうかもしれない。でも、あきらめたら、おしまいだから、あきらめちゃいけない!」
「ああ、あきらめの悪いあんたらしい言葉だよ。けどね、あの三番の選手、やはり相手に頼ってはだめそうだよ。バットとボールの軌道、まったくあってなさそうだし」
「ええ、気負ってますねえ。初球の外に抜けるスライダーを振ってます」
二人の言葉通り、オルソンは初球のスライダーに、全くタイミングがあってなかった。
二球目も、百五十五キロのスライダーを大きく空振り。ツーストライクだ。
「あああー、期待してたけど、やっぱり、大きくフルソンだー」
下の方から、悲痛な声が聞こえてきた。最後まで残っていたディープな王者ファンか、
「ははは、絵里がいたら、同じこと叫んでいたよ」
競羅が答えながら笑っていた。数弥は顔をしかめながら、
「何、笑っているんすか。次、空振りしたら、僕たちの今日の行動、無駄になるんすよ」
「まあ、確かにそうだけどね」
今までの投球と同様に、塚間投手はキャッチャーとのサインを確認すると、大きく足を上げ、ボールを握りしめ三球目を投げた。百五五キロ近いフォークボールだ。
オルソンは大きく振ったが、バットは空を切った。
『ストライク』
主審、菊井のコールが響いた。これで終ったか、競羅は思わずため息をついた。
その一シーン前、天美は斜め前方の場所から、青い陽炎のような揺らめきをみた。
そして、グラウンドの方でも珍事が起きていた。キャッチャーの道尾がボールを、とり損ねて、後ろにそらしたのだ。それを見たオルソンは一塁に向かって走った。
「ふ、振り逃げす。最後にまた珍しいことが起きました!」
「振り逃げって、確か三振した後にボールを取り損ねて、あっ、今、それが起きたのか」
「そうすよ。今、キャッチャーがボールを取りましたが、間に合いません」
「そのキャッチャー、主審に対して、文句言ってるけど」
天美はそう言った。だが、主審は首を振るだけだ。
監督が現れ、王者の方もオルソンに代わり代走が出た。
「やはり、そうすよね、ここは、同点にするのが大事すから」
「ああ、監督してはそうだろうね、できるだけ、足の速い選手を使うだろうね」
【四番センター屯倉 背番号8】
場内アナウンスが流れ、屯倉がバッターボックスに立った。
四番の登場に残っている王者の応援団、彼らは屯倉の裏の顔、執念を知らない、期待度は一割程度か。『この時間まで待っていたんだ、たのむ、満足させてくれ!』と、
キャッチャーのサインをのぞき込んだ塚間投手、第一球を投げた。内角に食い込む百五五キロシュート。それを見送った屯倉。ストライク。競羅が声を出した。
「まったく、牽制をする気がないね。あのピッチャー」
「ええ、力でねじ伏せる気でしょう。実際、それぐらいの力がありますから」
塚間投手はキャッチャーのサインを確認すると第二球を投げ込んだ。自慢の百六十近い鎌首ストレートだ。ベース上で屯倉のバットがボールと一閃した。
と同時に天美は駆け出していた。打球は大きく舞い上がり、右中間スタンド一直線。
グラブを持って階段を駆け下りる天美、深夜十一時半を大きくまわり、右翼席中段、彼女は観客たちの消えた座席間の通路を走り、その打球の落下点に追いついていた。
応援団員たちは、その様子を目を丸くして見ていた。とくに、彼女をゲーム開始前に、にらみつけていたニキビ顔の男性は、走りながらの華麗な捕球をあこがれの目つきで。
ただ、それも一瞬。やはり、勝利を喜ぶ仲間たちにうながされ雄たけびを上げていた。
その天美は、捕球した勢いで、座席に座っていた一人の観客にぶつかっていた。
待望のサヨナラ劇に、グラウンドも王者ベンチも興奮状態だ。勝負球を打ち砕かれ、うなだれる塚間投手を横目に、屯倉はゆっくりとダイヤモンドを一周していた。
バックネット裏の男も、満足そうな顔で拍手をしていた。そして豪快に笑った。
「終ってみれば八対七か、わははは、まさに、最高に面白い強者のゲームだったな」




