その十四(1)
十四
試合は、六対二、王者のリードのまま、八回表をむかえた。
「もう、今日は無理そうすね」
数弥の言葉に競羅は、
「ああ、向こうの胴元も今頃そう思ってるよ。空気を読まない連中が三本もホームランを打ったせいで大損だとね。それで、あんたはどうする? もう、今日はこのまま帰るかい。HОWファンは家が神奈川だから、ほとんど、試合をあきらめて帰っているよ」
競羅の言葉通り、十時半を過ぎてから、三塁側レフトスタンドに空席が目立っていた。
「せっかく来たので、最後まで見ていこうと思うのですが、天ちゃんはどうします?」
「わったしとして、どっちでもいいけど、絵里さん、どうも帰りたくなさそうね」
天美にそうふられ絵里は言った。
「それは、こんな勝ち試合なんだから、続けて見てえに決まっているだろう」
「それはそうと、王者のあんたが自慢をしていた投手たち、やはり出ないよね」
「もう、楽勝だからよ。四点差が付いたし、今日は休みだな」
その三人の会話中、試合は動いた。先頭の与野がフォアボールで出たのだ。王者のピッチャーは二年目の津川、次の鴨池にも粘られ連続フォアボールになった。
マウンドに慌てて富島監督が向かった。ピッチャーの交代だ。ありがちな展開なのだが。
「またかよ。今の打者も長かったね。もう時間は、四時間半は過ぎてるのに」
「姉貴、そう言うなよ。これも王者の試練よ。次が必ず抑えてくれるよ、多分、お出ましすると思うからね。七回の抑えがね」
絵里の言葉通り、大滝が現れて投球練習を始めた。迎える打者はHОWの三番小杉だ。
「さっきも送りをうまくしたし、まあまあの選手に回ってきたね」
「ええ、そうすけど、大滝投手の百五五キロスプリットは、なかなか打てませんよ。
数弥の言葉通り一応は粘ったのだが、最終的には当てただけの浅いフライであった。
四番の指名打者、根本が入った。競羅が尋ねた。
「さっき、外野フライで点を取った選手だね。この選手はどうだい?」
「ええ、今日はヒットが出てませんけど、職人気質の巧打者で、大きいのは打ちますね」
その結果は、初球にあたりのいいファールを打ち、それが投手の負担になったのか、十球以上粘ったあげく、フォアボールであった。
「決め球のフォークをよく見てましたね。根本選手も選球眼は、かなり、いいすから」
満塁になり、王者のベンチに動きが、監督が出て、またもピッチャー交代のようだ。
「ここで、野高投手を投入すか。速球は塚間投手と一緒ぐらいは出ますよ」
「そうだぜ、野高も速いのだぜ、八回の抑えだしな。百六十も出したことあるんだぜ」
数弥、絵里、二人が野高投手の自慢をしていた。競羅は、
「また、投球練習の時間だよ。さっきの球数も多かったし、試合が長引くねえ」
「ええ、津川、大滝両投手で、もう、すでに四十球近くは投げてます。守備の方も見てください。外野の陣形も深くなりました」
「ああ、そうだね。短打で二点なら仕方がないということか」
「いや、一点もやらねえよ。三振よ」
絵里が声を上げた。
「そうかよ、しかし、ランナー三塁にいるけど、満塁で五番なら、今回もなさそうだね」
「ええ、ここは強打でしょう。四点差ありますし」
五番森崎は、その強打を打つ気満々だったが、カーブ、速球につられて三振であった。
「さすが野高、しっかりと三振を取ったぜ」
絵里の言葉が終わると同時に、HОWの監督代行が姿を現し、選手の交代を告げるアナウンスが入った。そして、数弥の説明が、
「HОW、代打の切札が出ました。鈴城選手す」
「ほおー、切札かよ。となると、今度こそ大きいのを、かっ飛ばしてくれるのかい」
「鈴城選手はシュアなバッティングしますけど、大きいのはあまり打てないす。ただ、決め打ちの選手ですし、速球に滅法強いすから、すでに、野高投手からヒットを打ってます」
「そんな選手なのか。でも短打ではねえ」
そして、ドラマは起きた。野高投手の二球目、百五八キロのストレートを、鈴城選手が、うまくバットを合わせたのだ。打球はセンター前に落ちるポテンヒットか。
かなり、深く守っていた屯倉が、そのヒットを取ろうとして、猛然とダッシュしてきた。そして、その球は屯倉の差し出したグラブの先っぽに当たった。
ボールは後ろに跳ね上がり、左中間深くに勢いをつけて転がっていった。レフトの金子が処理に走った。その処理中にHОWの与野、鴨池はホームイン、一塁ランナーの根本もホームへ、そして、打った鈴城も三塁ベースを蹴ったのだ。追い付いた金子がホームに向かって大遠投をした。だが、鈴城はタッチをかいくぐってホームインをしていた。
思わぬ展開で六対六の同点、レフトスタンドはわきに沸いた。
「ランニングホームランす!」
数弥の驚きの声に競羅は、
「おいおい。これって、どっかの河川敷の試合かよ」
「へえー、打ったら、ああやって、最後まで行っちゃっていいんだ!」
天美の喜びの声が聞こえた。同点になり、頭にカチンときた絵里は天美に向かって。
「しかしなあ、おめえ、わかっているかい。何か足だけは速そうだけど、前のランナー追い越したら、だめなんだぜ、おっちょこちょい、そうだから、抜かしてアウトだな」
「そ、そうなの、だめなの?」
「姉貴、この、ちんちくりん、こんなこと言ってるけど、本当に教えてなかったのかよ!」
「わるいわるい、あまりにも基本過ぎて、そこまで教えてなかったよ。しかし、本家おっちょこちょいのあんたが、その言葉を人に使うなんて、なんかね」
と絵里に言うと、天美に向かって言った。
「絵里の言葉は間違ってないよ。目の前の走者、どんなに抜きたいと思っても、絶対に抜いてはいけないよ。あと念を押すけど、走っているとき、ベースも絶対に踏むのだよ」
「しかし、屯倉さん、一点すらやりたくなかった気持ちはわかるけどよお。勘弁してよ」
絵里は、かなり同点がショックであったのか、そう情けなさそうな声を出した。
「ええ、外野を抜け、大量点につながることを意識して。あらかじめ、かなり深めに守っていましたからね。かえってボールに追い付いたことが仇になって」
数弥は絵里にそうは答えていたが、心中では、
〈…うまいことやりましたね。Sコースに着々と近づいてますよ〉
と思っていた。競羅も同じことを思っていたのか、にやりと笑って、
「かー まったく、やってくれるね。聞きしに勝る千両役者だよ」
試合は開始から五時間を大きく回った。八回裏王者無得点で、九回の表だ。
ピッチャーは王者の抑えの切り札、堺になっていた。ここで、天美の質問が入った。
「一つ聞くけど、のっぱら、でする野球七回で、プロ野球九回までだよね。もし、同点だったら、このあと、どうするの?」
「延長戦すよ、十二回まであります」




