その十三(2)
「ええ、そうすね。でも、それはお互い様すよ。ここぞで、あと一本が出てません」
「控えだけど、四番を任せられるからには、それなりの実績はあるのだろ」
「ええ、長打力は持っています」
「となると、あれはない」
二人の会話中、球場内にわずかな歓声が、その根本が大きなフライを打ち上げたのだ。
屯倉選手が、そのセンターの大飛球の落下点に追いついた。それを見た競羅、
「あんた、よく見ていな。三塁ランナーの動きを、特に足元」
天美に向かって声を上げた。
三塁ランナーの鴨池は捕球と同時にベースに足をつけ、本塁に向かって走った。屯倉の返球は二塁でカットされ、HOWに反撃の一点が入った。タッチアップだ。その様子に、
「よく見てたかい、今、一度ベースに戻って、足をついてから走ったね」
「そうだったけど」
「あのように、打った球がフライかライナーなら、すぐに、ベースに戻るのだよ。そして、ベースに足をついていて、捕球されると同時にホームに向かって走るのだよ。気を抜いてはいけないよ。返球が先にキャッチャーに届いてタッチされたらアウトだからね」
そのあと、苦笑をしながら言った。
「この試合、次に点を取ったのはHOWだったね。三点差か、これで引き締まってきたね」
「姉貴、五対二になって、これでHOWに勝ち目が出てきたと思うだろ」
絵里がニヤニヤ笑いながらそう声を上げた。
「一点詰め寄ったし、そうじゃないのかい」
「三点差になったからな。どうも、四点差では出ねえような感じがしたが、これで、三点差になったから、勝利の方程式の完成よ」
「なるほど、そういうことすか」
数弥がそう声を上げた。
「えっ、どういうことだい?」
「今、絵里さん、勝利の方程式と言いましたからね。たしかに、一イニングに一人ずつ出れば、王者の勝利の可能性が高いすね」
「ブンヤ よくわかってるじゃねえか。七回からの大滝、野高、堺の三人で決まりよ。HOWもよくやったよ。一時は楽勝かと思ったけど、ここまで、持ってきたのだから」
「ええ、今シーズンは、彼らが、それぞれ、一イニングずつの仕事をして、試合が崩れた事は、確かに一度もありませんでしたね」
「ああ、すごいんだぜ。まず、七回の大滝、左腕で百五十五キロの速球にスプリット、そして、速度は落ちるけど、すとんと落ちるフォークボール。これを持っているんだ。次に八回の野高、タイミングを外すカーブを持っているし、また、球の速さも半端ねえぜ、そんじゃそこらの打者なんて、あっというまに空振りよ。なあ、ブンヤ そうだろう」
「ええ、二人の投手とも、いつも、三人、多くても四人の打者で終えています」
「そして、抑えの堺、百五十キロのスライダーと、それより、速く食い込むシュートを持っていてな。このシュートにかかっちゃ、打球は前に飛ばねえよ。凡打で終わりさ」
「絵里さんの言う通り、そういう三人す。この投手リレーで逆転されたことありません」
「それではHOW、勝ち目はないだろ」
「ええ、そうすね」
「まったくないのかよ」
競羅が詰め寄った。
「そんなことはありません。一人一イニングのときだけす。イニングをまたいだり、途中で出てきたときは、崩れたことがありましたね。二度ほど」
「けどね、毎試合出てくることはないだろ」
「ええ、三点以内の時だけす。三点以内だとホールドポイントが投手につくんす。ですから、無事にイニングを終えたら三人にポイントがつくんす」
「セーブ以外にも、ついていたのだね」
「ええ、そうす。地味ですけど、ポイントが上がると、給料に直結しますから投手のモチベーションがあがるんす。あと、四点差や五点差でもつくことがあります。ランナーが二人いたら四点差、三人いたら五点差でもポイントがつきます。というようなことで、HOWの塚間投手は、九回三点差以内に勝っているときしか、出てきません」
「しかし、あいつだけは、いやだなあ」
絵里がそうぼやいた。その言葉に競羅は、
「そんなにいやなのかい」
「ハマのディストピアは別格だからよ。すげえ速球を持っているのに、曲るときの速さが、ほとんど同じっていうか。その速球も、特別はええ、ものを持ってるし」
「ええ、塚間投手は緩急は使いません。すべてのボールが、ほぼ同じ速さです。百五五キロから百六十キロの間すか。特に絵里さんの言ってた鎌首ストレート、昨日も、説明をしたと思いますが、本当に、亀が鎌首をもたげるように、打者のもとに浮き上がってくるらしいんす。ですから、苗字から、そう名がつけられました」
「それだけじゃねえよ。死神の持っている鎌だってあるんだから、超高速で逃げていくのよ。食い込むときだって、打者が震え上がるらしいぜ。堺のシュートもすげえけど、そこは同格だからなあ。落ちるボールの角度も大滝ぐらいはあるし」
「聞いているとすごいけど、同じ速さで緩急がないのだろ」
「ですけど、その速度になりますと、マウンドから打者まで0・4秒コンマの勝負すよ」
「なんだ、それだけかよ」
「何がそれだけすか、すごいことなんすよ」
「いや、そんなの、剣道では、あくびが出る時間だよ。二メートルの距離で時速七十キロ以上で迫ってくる竹刀を見切るのだから。計算してみな」
「えーと、それは、ちょっと待ってください。0、3秒ぐらいすか」
「ほぼ、0、1秒だよ。こっちはね、その世界で勝負をしているのだよ」
「そんなに早いんすか」
「ああ、刹那の勝負だよ。この子だってね、もう、わかるだろ。そういう世界で、不気味な変な連中たちと、何度も命のやりとりをしていたのだよ」
「わかりました。ですけど、それは、ほぼバットスイングのタイムすね。まず、その時間分を引かなければなりませんし、やはり、目の前の変化を見切るのは難しいす。曲ったり落ちたり浮かび上がったり、きちんと認識してから、バットを出さないといけませんから」
「なるほどね、変化を認識するまでの、時間がかかるということか」
「そういうことす。それに、塚間投手の話に戻りますけど、彼の鎌型高速スライダーはわかっていても打てません。打つ直前、百五五キロ以上の球が打者の手元で逃げるように落ちますから。鎌首ストレートも同様す、百六十キロの球が打者の前で浮き上がります」
「けどね、一般打者の話だろ。屯倉ぐらいの一流だったら、わかっていたら打てるだろ」
「ええ、たしかに、リーグにも指で数えられるぐらいしかいませんが、屯倉選手ほどのレベルなら打てるでしょう。ですが、本当に球種がわかってないと打てませんよ」
「では、それが打てたときは、ヤマがバッチリ当たったときだね」
会話が盛り上がるなか、歓声とともにボールがライトスタンドに飛び込んできた。
王者の七番金子が放り込んだのだ。それを見た競羅は、思わずつぶやいた。
「取られたら取り返すか、また四点差になってしまったよ」




