その十二(2)
絵里が、その場を去ると競羅が口を開いた。
「これで、絵里がいなくなったから、目的の話が、どうどうとできるね」
「ええ、そうすね。でも、いいんすか、賭博のことを話してしまって」
「賭博という言葉自体は使ってないよ。ただ、審判が試合を不正に動かしていると言っただけでね、けどね、報告を受けた御雪は、賭博がらみと感づくだろうね」
「それは、よくないじゃないすか」
「けどね、屯倉選手を疑っていることは、試合が終わりきるまでは、絶対に感づかれてはいけないからね。このことは、なんぴとにも知られてはいけないのだよ。すでに、先ほど、屯倉選手のことは会話に出してしまったからね。絵里だからよかったけど」
「ええ、そうすね」
「だから、ちょうど、ここで、今、審判の不正ジャッジの問題が出たから、いい、まき餌になったよ。これで、間違いなくSコースから方向性がはずれた推理になるよ、けどね、それが、逆に納得いかないのだけどね」
ここで、競羅の顔つきが疑問を持っているようになった。そして、
「いかないも何も、さっきも、話してたように、審判絡んでること間違いないでしょ」
天美がそう言い返してきた。
「あんたは、あくまで、主審も仲間だと言うのだね」
「そう、セラスタでは、審判、金もらって八百長に加担するの、珍しくない話だし。家族、脅迫されてる可能性も考えないと」
「そうかもしれないね。野球賭博はもうかるからね。けどね、試合が、このまま進んだとしても、Sコースが達成できるような感じはするかい?」
競羅の目は懐疑的であった。数弥も反応するように。
「難しいすね。初回に王者が四点リードをするなんて」
「だろう。まさに、そこなのだよ。今回のSコースが成立するためには、九回表の時点でHOWが僅差のリードをするのが条件なのだよ。だからね、ここからは王者が、点を重ねると、達成には不利になるだけだよ」
「でも、この、あからさまなジャッジについて、どう説明するの?」
「それは、こっちもわからないよ」
「もしかしたら、二つの賭けグループ絡んでるかも?」
「えっ、二つの賭けグループすか。何か現実的でないような」
数弥は思わず否定の声を上げた。
「そうかな、セラスタでは、珍しくない話と思うけど。あちこちの国のギャングいるし」
「また、あんたの本国の話かよ」
「そう、コロンビアとベネズエラ、賭けグループの殺し合いだって、しょっちゅうあるし」
「相変わらず、物騒な話だねえ」
「竹尾主審が王者のファンとかは、どうすか?」
数弥がそう別の意見を出してきた。
「それは、あるかもしれないけど、果たして、初回から仕掛けるかねえ。この仕掛け方は、試合事態をぶち壊している感じがするのだよ。この子の言うとおり、もう一つの勢力が動いて、妨害をしていると見た方がいいのじゃないかい」
「そうすかねえ」
「ああ、これでSコースは、ほぼ、今日の達成は無理になったからね。それどころか、サヨナラ勝ちで、ようやくチャラという案件だからね。それができなくなるということは」
「これは、もう、二つの組織絡んでるの、間違いない。サイン盗みだって」
「あんた、どうして、ここで、サイン盗みの話が出てくるのだよ?」
「ただ、なんとなく思っただけ。サイン盗み絡んでるような」
「全然、方向性が違う話じゃないかよ」
「そうすよ、天ちゃん、まったく別な話すよ」
数弥も困惑した顔でそう答えた。実際、脈絡が通じないからだ。
「とにかく、あんたは、いろんな不正が起きてると思っているのだね。まあ確かに、今日の試合、普通ではありえないことばかり、起きているからね。何にしても、ちょいと頭を整理しないといけないね。今、現在、どういうことなのか」
「そうすね、確かに妙すからね。Sコースの達成と試合の流れについて」
その疑問は、約二十分後にに氷解した。大方の予想通り、HOW陣営が審判団の説得により試合再開の了承をしたからだ。
再開後、主審が二塁塁審の菊井に代わっていた。場内アナウンスが入った。竹尾主審が負傷をしたということで、二塁の菊井が入ったのである。さっそく、競羅が疑問の声を、
「奴はいないよ。やっぱり、不正だったのかよ」
「ええ、今、問い合せましたが竹尾主審、肋骨を、かなり痛めていたみたいす。先ほどの激突に巻き込まれましたからね、そのとき、胸部を圧迫されたみたいで」
「それは本当かよ」
「ええ、間違いないす」
「それは気の毒だったね」
「ええ、だから、ストライクと声を出したり、手を上げられなかったみたいす」
「えっ、そうだったのか!」
答えながら競羅は目を見開いた。まさかの返答であったからだ。そのあと、
「そういうことか、だから、あのような微妙な判定が続いたのか」
「ええ、気持ちはわかりますが、我慢はいけませんよね」
「まあ、もとはといえばHOWの暴走外国人が無茶な突っ込みをしたのが原因だけどね、それが、HOWに降りかかったということだよ。王者の外国人選手たちを発奮させてね」
「そうなんすけど」
「まあ、審判も人間だからね。こういう痛い目にあったら、原因を起こしたHOWに対しても、こん畜生、という気持ちは起こるよ。それに、手を上げるのが、つらくなったというのだから、その気持ちだけは察してあげるよ」
「ええ、確かにそうすね。コンピューターではなく人間なんすから」
「けどね、まったく、いらん混乱をさせてくれたよ。どうせ、病院の世話になるなら、我慢をせずに、最初から行けばいいのに、まあ、こっちも、人のこと言えないけどね」
「ええ、それもそうすね。姐さんも、結構意地を張るタイプすから」
「ああ、さて、これで、あんたにもわかったね。あの主審、Sコースには、全く関係していなかったことがね」
そのあと、そう天美に向かって言った。その天美は下を向いて考えていた。本当に今回の案件、これで幕を下ろすのか。ここで、数弥が声を上げた。
「もうすぐ、試合が始まります。代行の二塁塁審が到着したようですから」
やがて、絵里も戻ってきた。飲み物や軽食が入った紙袋二つを手に持って。
そして、試合は、HOWは投手が緑川から、二番手の沢辺に代わり再開した。




