その十二(1)
いよいよ、主人公と対峙する組織の影が出てきました
十二
バックネット裏のVIP席では、サングラスの男が今日も陣取っていた。男は何とも言えない難しい顔をしていた。警告試合に選手引きあげと想定しないことが続いたからだ。
男は王者ファンだ。だが、それと同時にコンダクターでもあった。昨日は、一度はSコースを達成した。はずなのだが、集金システムが動いた直後、ひっくり返ってしまった。
そのことで、組織に損害を与え、こっぴどく元締めからお叱りを受けていた。
この元締めは日本の犯罪組織ではなかった。南米の組織であったのだ。この組織は、もとは、トトカルチョを専門としていた。野球が日本では主流なので新規進出をしてきたのだ。そして、男が運営していた賭け組織に、その手を伸ばしてきた。
男は最初は抵抗していたが、南米組織の運営規模、ノウハウに圧倒され、結局は、その組織に組み込まれてしまった。
荒っぽいことでも指折り的に有名な組織で、審判、選手の身内を人質にとっても、賭けを成功させる非常手段を取っていた。つまり、失敗は死につながるのだ。
「まったく、昨日の未達成はまずかった。今日こそ達成しないと、命も危ないな」
とつぶやきながら、センター方向を見据えていた。
一方 外野スタンドでは競羅が苦い顔をして話していた。
「放棄試合になるのか。それは、普通では考えられないことだよ。結局、そうなったら、HOWも、大損をすることになるから、引き下がるしかないだろうね」
「ええ、そうすね。最終的にはそうなりますね」
「となると、どれぐらい時間がかかるのだろう? こういう場合は監督に、審判団は交渉するのだろうね。でも、その監督がいないのだから、コーチか」
「ええ、そうだと思いますが、ヘッドコーチも、すでに退場してますから、交渉できる相手はいません。球団関係者になると思います」
数弥も神妙な顔をしてそう答えていた。
「そうだね、もし、監督に、『いいか、簡単に従うなよ、わかっているだろうな』とか因果とか含められていたら、怖くて勝手な行動はできないからね」
「ええ、それもありますが、責任者となりますと、一般コーチでは無理すよ。今頃、球団関係者を呼び出しているんじゃないすか」
「となると、試合を再開をするとしても、かなりの時間がかかるね」
「ですが、三十分以内には答えが出ると思いますが」
「早くても、七時半を回るか、まだ一回の裏アウトを一つも取っていないだろ」
「ええ、大変な試合になりましたね」
「あんた、さっきも同じ表現をしてたね、もう、大変というレベルの話じゃないだろ」
「ええ、確かにそうすね。大変っていう問題ではありませんね」
「ああ、乱闘でも、とんでもない展開なのに、今度は選手の引き上げだよ!」
ここで、天美が気になったのか、次の声を上げた。
「ざく姉、さっきから、前の人たち、笑いながらしゃべってるチャンパイアって何?」
「えっ、そんな発言、聞こえてきたんすか、なるほど」
そして、数弥がそう反応した。そのあと、
「王者はチャンピョンズと言いますよね」
「そうだけど」
「審判はアンパイアと呼びます。その二つをまぜて、チャンパイアっていうんす」
「ふーん、なるほど、そうか。だから、チャンパイアね」
「おめえ、なんか、言いたそうだな」
絵里がそう突っ込んできた。
「そう、さっきから、わったしの考えずっと同じ。もう、わかってるよね」
「あ、あれか、つまり、おめえは、本当に審判が王者びいきをしてると言うのだな」
「そう、わったしの国では、スポーツで、そんなこと、当たり前だったし」
「おめえの国って、そうだ、おめえは、確か、ど田舎の村育ちだったな。田舎のことなら、それもありか」
何かこの先、面倒な感じである。その雰囲気を察したのか、競羅が絵里に向かって、
「絵里、ちょいと喉が渇いたから、ジュースを買ってきてくれないのかい、四人分。あと、残りのお金で、何か、おなかに入るものを頼むよ」
と言って財布から五千円札を取り出し彼女に渡した。
「四人分って、こいつの分もかよ」
「そうだけど、何か不服でもあるのかい」
「あるというか、使いっぱなら、こいつの役目だろ」
明らかに絵里の言葉は天美を指していた。
「いや、この子とは大事な話があるのだよ」
「大事な話って何よ?」
「あんたには関係ないことだよ。それより、どうなのだい。言われたものを、買ってくるのか、買ってこないか、どちらなのだい!」
その競羅の気合に絵里はたじろんだ。そして、
「わ、わかったよ。ジュースと、何か簡単な食い物を買ってこればいいのだな」
「そうだよ。ビールはだめだよ。アルコールは今は入れたくないからね」
「そうかよ」
「あと、この子にはコーラはダメだよ。苦手な飲み物らしいから」
「そうかい、オレを含めてコーラを四人分、買ってこればいいのだな」
「おや、聞いてなかったのかい。この子はコーラがダメだと!」
「わかったよ。一つはコーラ以外か、まったく、好みがうるさいガキだ」
「ぐだぐだ言ってないで、さっさと四人分買ってきな! あと、どうせ、こっちの手を離れたら、あんた、御雪に何か報告をしなくてはならないだろ」
「うん、まあ」
「きっと、今、話していた審判の不正のこと、報告する気だよね」
「いや、それは… 報告、しないよしないよ」
どうやら、する気のようである。その様子を見越した競羅は、
「いいよ。報告をしても、あんたも、何か御雪にお土産がないと格好がつかないだろ。そう、こっちが二日間、球場に通ってる理由は、まさにそこだよ。数弥にタレコミが入ったのだよ、この二試合の間に、審判が不正をして試合をねじ曲げる可能性があるとね」
競羅はその数弥に目配せをしながら答えた。だが、数弥はわかってないのか、
「そんなー、もとは天ちゃんが」
最後まで言わせず、天美が口を開いた。
「あれ、数弥さん。いまさら、言ったこと、ほごするんだ。もしかしたら、わったし、球場、連れてきたいから、出まかせ言ったの」
その間に、競羅は数弥に向かって耳打ちをしていた。そして言った。
「そうだろ、あんたが、試合展開が怪しくなる、と言ってきたのだったよね」
「ええ、そうでした」
「そういうことで絵里、こっちは手の内をさらけだしたからね。あんたとして、役割は果たしたことだよ。ということで、とっとと買ってきな」
そして、絵里は買いだしに出かけていった。




