その十一(2)
「なるほどね、そういうことか。となると、あんた、御雪からすでに、入場料をもらってるね。それも、バックネット席に入れるぐらいの金を」
「うん、まあ」
「あんたらしいよ。二重取りするなんて、それよりも、だいたい、状況はわかったから、あとは、そっちで探るのだね」
「えっ、教えてくれないのかよ」
「当然だろ。こっちの話している会話をよく聞いて、その目的を探るのだね」
そして、その会話中、王者側からも歓声が、また逆に、HOW側から怒りを込めた怒声が聞こえてきた。二番有吉が、
『ボールフォア』
と再び、ストレートのフォアボールで塁に出たからである。
ノーアウト一塁二塁、王者にとっては大チャンスだ。ネクストバッターズサークルから、三番のオルソンが打席に向かった。競羅が面倒くさそうな顔をして言った。
「厄介そうな二人目も出てしまったね。もう一人は二塁に行ったか、これはまた、牽制球で時間を取りそうだねえ」
「ええ、さっきも言ったように立ち上がりが悪いこともある投手ですから、引っ掻き回す作戦を取るでしょう。それを防ぐためには仕方ありませんね」
「それで、この選手の方は打つのかい」
「あたりめえよ、オルソンよ。ここまで、十五ホーマーかっとばしてるよ」
絵里が中に入って答えた。その瞬間、大歓声が巻き起こったのだ。大きな飛球が舞い上がり、そのボールは、そのまま、天美たちの座っている席の近くに飛び込んできた。
「これは、ホームランじゃないかよ。こんなところまで飛ばして来るとは」
競羅の驚きをよそに、数弥は次の説明を始めた。
「ええ、やっちゃいましたねえ、こういうときの外国人に初球は要注意なんすよ。昔から言われています。制球難のときは、外国人は、初球の甘いストライクを狙いにくると」
オルソンの放ったスリーランホームランにより、スコアは三対一、早くも王者が、その裏に逆転をしたのである。
【四番センター屯倉 背番号8】
アナウンスとともに、屯倉がバッターボックスに入った。
「奴は今、何を考えているのかねえ」
競羅の問いかけに数弥は、
「ええ、逆転、それも、初回に二点差開いたことで、展開が難しくなりましたからね」
「そうだね。自分で調整をしようと思っていたと思うのだけど、先に一発、でかいのを、放り込まれてしまったからね。さて、どうなるか、お手並み拝見だね」
そして、緑川が投げた初球は、膝元ギリギリのインコース。屯倉はバットを振ろうとしたが止めた。表の判定だとストライクコースであったが、これも、ボールであった。
審判のボールのコールを聞いた屯倉は苦笑いをした。
二球目、低めアウトコース。バットが出かかったが、またも止めた。これも、表ではストライクであったが、判定はボール。
緑川投手は気落ちしたのか、三球目、四球目は、あきらかにボールとわかるような球を投げ、屯倉選手はフォアボールで一塁に行った。
バッターボックスは五番の外国人マーティだ。
「やはり、緑川投手、調子が悪いみたいすねえ」
「だろう。もう一本、ぶちこむよ」
絵里は得意そうにそう答えた。
「あんたねえ、そんなことになったら、Sコースはどうなるのだよ!」
「えっ、えすコース」
絵里が復唱した。思わず、天美はしょっぱい顔をした。すぐに、機転を利かせ、
「ざく姉、さっきから言ってるストライクのコースのことでしょ、もう、はぶかないでよ」
「ああ、そうだったね。悪かったよ。つい、うっかりとね」
このとき、再び大歓声が一塁側から巻き起こった、マーティの打った打球は、大きく弧を描き、今度はレフトスタンドに飛び込んだのだ。
スコアは五対一、立て続けのホームランに、王者の応援席はお祭り騒ぎだ。それを、はた目に、三人の会話も始まった。
「また、初球が打たれてみたいだね」
「ええ、置きに入ったところをやられましたね。マーティ選手、昨日はいいところがありませんでしたし、同僚のオルソン選手が打ったので、発奮したのでしょう」
「さすが、王者打線、オレの言った通り、本当に五点を取ってしまったぜ」
ここで、HOWのベンチに動きが出た。宇治谷監督が飛び出してきたのだ。宇治谷監督は主審に詰め寄って文句を言い始めた。それを見た競羅。
「ついに、監督さん、動いたね」
「ええ、相次ぐ、微妙な判定で我慢の限界がきたのでしょう」
「ああ、その微妙が、すべて、王者側の有利につながったからね。それが、原因で五点を取られてしまった可能性もあるしね」
宇治谷監督のしつような抗議は続いた。
ここで、球場が騒然となった。乱闘もたいがいだったが、それとは違う騒然さだ。場内にアナウンスが入ったからだ。
「どうやら、HOWの監督、退場になったようすね」
数弥が、びっくりしたような口調で報告した。
「おいおい、また退場かよ。気持ちはわかるけど、これは、言い過ぎたね」
「ええ、きっと興奮して、侮蔑をする暴言か、めくらのような差別言葉を言ったのでしょう。もし、言わなかったとしても、警告試合が出ているときに、ウイリアム選手の暴挙がありましたから、そのペナルティかもしれません」
「あーあ、飛車、角落ち、に王将までいなくなったのかよ」
競羅もそう気の毒そうな顔をして答えた。
だが、問題はそこでは終わらなかった。退場を宣告された監督の合図で、選手たちがベンチに引き上げ始めた。球場はざわめき、観客席の大半は唖然とした感じであった。HOWの選手たちがグラウンドからいなくなってしまったからだ。
「どうなっているんよ?」
声を出したのは絵里だ。頭になかった行動だったのか、戸惑っていた。
「これもまた、珍しいことが起きました。選手引き上げすね」
「そんなことができるのかよ」
「ええ、でも、そんなことすると、監督が退場になりますから」
「けどね、今回は、その監督が退場宣告をうけたのだから」
競羅も会話の中に入ってきた。
「ええ、怒りで、やぶれかぶれの手段に出たようすね。選手たちの方も、かなり不満がたまっていたので、いたしかたないでしょう」
「それで、ここままいくと、どうなるのだよ?」
「放棄試合すね、9対0で王者の勝ちす」




