その十一(1)
十一
そして、HOWの長い攻撃時間が終わり、一回の裏が始まった。
「いよいよ、王者の攻撃が始まるね。十分ぐらいですむと七時までに、一回の攻防が終わることになるのだけどね」
競羅がそう声を出すと、絵里は面白くなかったのか次のように言った。
「それでは、王者に大量点が入らねえだろう」
「ほおー、あんた、そんな展開を期待しているのかい」
「そうよ 、今日のHOWの先発は緑川よ。軽く見て五点は取るよ」
「ええ、そうすね、緑川投手は、そんなに安定したピッチャーじゃないす。投げてみないとわからないという感じで。実際、立ち上がりが悪い、と大量点ということもあります」
数弥がそう言葉を添えてきた。
「なんか、話を聞いてみると、頼りない投手だね」
「ええ、ローテーションでも三番手すからエースではないす。でも、先発の一人すから、調子がいいときは、しっかりと押えますよ。その時は、まず崩れませんね」
「ふーん、そうかい。何はともあれ、試合の成り行きを見るとするか」
バッターボックスに王者の一番、大友が立った。さっそく、競羅が、
「昨日の終盤に代打で出てきた奴か。確か、何球かねばって四球で塁に出たね」
「ええ、そうすね。選球眼はいい方すから」
緑川の投げた初球は、外角低めの膝元であった。判定はボール。
だが、天美は首をかしげた。
〈確か数弥さんの説明だと、あのコースは?〉
二球目も同じコースに球がいった。ただ、半ボール分中よりだが。判定はボール。
マウンドの緑川も首をかしげていた。なぜ、投げた場所がボールなのか。
三球目は明らかにボール球であった。ノースリーだ。
「さすが、王者一の選球眼だけありますね」
数弥のその声に、天美が不審な眼をして言った。
「でも、数弥さんの説明と違うと思うのだけど」
「どこがすか?」
「だから、最初の球と二球目のこと、特に二球目だけど、どう考えても、数弥さんの説明だとストライクのはずだけど」
「ええ、きわどいとこすからね。その辺は審判に任せるということで」
「えー、そうなの!」
「ええ、最終的には審判が決めるんす。だから、一応は決められているんすけど、きわどい場所は、試合によっては変わる場合がありますね」
四球目も、そのきわどい球より、少し甘めであったが、結局、
『ボールフォア』
の声があがり、ストレートのフォアボールで大友は一塁に向かった。
二番の有吉がバッターボックスに入った。数弥が声を出した。
「ここは、バントすよね」
そのバントを警戒した緑川の初球は、インコース高めの厳しいところにいった。
バットを引いた有吉。天美の見た目では、これもストライクであったが、判定はボール。二球目も表の攻撃ではストライクであったがボール判定となった。
HOWの応援団がざわつき始めた。彼らも判定のおかしさに気がつき始めたのだ。
そして、天美も怒ったような声を上げた。
「数弥さん、わったし知らないと思って、でまかせ教えてるでしょ!」
「でまかせなんて、言ってませんよ」
「では、さっきからの判定、どう説明するの? わったしに教えたコースだと、投げた六球のうち五球ストライクじゃないの! それ、全部ボールって」
「ええ、ストライクのようなボールがあるんすけど、確かに、ボールになっていますね」
そう答える数弥も、さすがに、ここにきては不信感を持っていた。実際、HOWの応援団の方は不審の渦という感じであった。
「だから、絶対おかしいよね」
「いや、審判がボールだと言ったら、ボールなんよ」
絵里がそう反論に入ってきた。
「でも、一回の表、見てたでしょ。あそこにいったボール、審判、きちんとストライクって、判定してたじゃないの。それに、さっきのボールだって表の時は・・」
「ごちゃごちゃ、本当にうるせえな。だから、ガキはいやなんよ」
「そういうことではなく」
「審判の判定に、これ以上文句を言うとつまみ出すぞ!」
「あんたに、そんな権限はないよ!」
競羅がビシッとした声で注意をした。
「でもね、姉貴、こいつ・・」
「この子は感想を述べているだけだよ。感想は自由だろ。それこそ、あんたこそ、ここにいるのがいやだったら、もう帰っていいよ。止めないから」
競羅にそう言われ絵里は黙った。逆らっても、ろくなことにならないとわかったからだ。
ここで、天美は何か考え事をしていたが、やがて、決心したのか、
「一つ聞くけど、審判って絶対的権限があるのよね」
と尋ねた。その質問に数弥は、
「ええ、そう言えばそうなんすけど」
「審判が黒と言ったら黒、白と言ったら白となるわけね」
「昔はそうだったらしいすけど、今はビデオ判定がありますからね」
「でも、ストライク、ボールの判定は変わらないだろ」
競羅が中に入ってきた。
「ええ、そこまで介入をすると、試合時間が延びますからね」
「となると、それを扱う主審だけが、試合の支配者となるわけね」
天美の発言に絵里は目をむいた。だが、先ほどのことがあるので黙った状態である。
その絵里に向かって天美は、
「ところで、絵里さん一つ聞くけど」
「何よ。その態度はあらたまって」
「今回、ここについてきたのは、ほかに、目的あったのでしょ」
「目的って、そ、そんなの、あるわけねえだろ」
絵里はうろたえた。その様子を見ながら、天美は笑いながら言葉をつづけた。
「わかってるって、どうせ、所長さんから頼まれたのでしょ」
「なに、御雪だって! おい、どういうことなんだ!」
競羅は気色ばんだ。そして、絵里は、開き直ったかのように言った。
「そうよ、おめえはわかっていたのだな。おれが所長から、さぐりを頼まれたことを」
「スパイを頼まれたのか、詳しいことを聞きたいね」
「だから、所長に言われたんよ。人混みの嫌いな姉貴が、野球観戦をするには、絶対にわけがある。ましてや、二試合なんてありえない。その理由を探ってこいって」




