その十(2)
実際、カウントはワンストライク、スリーボール。ボールが出たら押し出しである。
そして、藪原が度胸を決めると、勝負球である五球目を投げた。
その球を、はじきかえした久能。打った打球はピッチャーの。すぐ右横を抜けてセンター前に転がった。それを、素早く処理をし始めた屯倉。
三塁走者鴨池はホームイン、二塁走者のウイリアムスも三塁を回って本塁に向かった。
「あれは暴走す。屯倉選手は肩もいいすから。三塁コーチャーも止めています」
数弥の言葉通り、三塁コーチはストップの合図をしていた。だが、ウイリアムスの走塁は止まらなかった。止まるというのも無理だろう。すでに、三塁と本塁の中間地点に達しているのだ。本塁にしか突っ込めない状況である。
屯倉の投げたボールは、王者のキャッチャー下条のミットに収まった。
「もう、完全にアウトすね」
だが、ウイリマムスは、そのまま突進した。もろに激突し、下条捕手の身体は大きく吹っ飛んだ、主審の竹尾も巻き込んで。倒れた主審は、うめきながら声を出した。
そして、ツーアウトの赤いランプがついたのを確認した数弥も、
「当たり前すよね、完全な守備妨害す。これは、セーフもアウトも関係ありません」
「関係ないって、アウトになっているだろう」
絵里が口を挟んできた。
「そうすけど、今、ウイリアム選手はミットにボールが入って、ホームベースを踏んでいた下条選手に突進していったでしょ」
「いったよ、格闘技みたいで、すごかったぜ」
「だから、それが守備妨害なんす。考えてもみてください、満塁のときは、ベースを踏んだ選手のミットにボールが入った時点でアウトになります」
「わかってるよ、でもそれを、うまく、かいくぐるのが、こういうときの走者だろう」
「それでも限度があります。今みたいなプレーは許されません。でも、逆にキャッチャーがボールが来ないのにベースをふさいだら問題になります」
「どうしてよ?」
「ランナーが、ボールが戻ってきてないのに、ホームベースを踏めないんすよ。そうなると、力ずくで突進して、ベースを空けるしかないじゃないすか」
「それは、それで面白いねえ。肉弾戦よ」
「だから、これは、立派な走塁妨害になり得点が認められます。昔は、なあなあだったんすけど、今は危険プレーとして、ベースをふさいだキャッチャーには警告が行きます。危険プレーといえば、ぶつかってきたウイリアム選手は当然、退場になりますね」
数弥たちの言葉通り、事件を起こしたウイリアムスは退場処分を受けた。
球場からは選手治療のための中断を告げるアナウンスが流れ、グラウンド内では、タンカが持ち込まれ、下条選手は、その治療のため運ばれていった。
「わかったかい、もし、あのように守備選手がボールを持って待っていたら、もう無理して突っ込んでいってはいけないよ。どうせ、アウトなのだからね」
競羅は天美に向かってそう言ったあと、ぼやくように、
「しかし、まだ、一回なのに、二度目の中断か。まったく、今日はなんていう試合だよ」
「ええ、大変な試合になりましたね」
「それより、あの選手、あれは、退場になるとわかっていて、やったのだろうね」
「ええ、きっと、初回だから突っ込んだのでしょう。終盤で接戦だったらやりませんよ」
「こんなことを、しでかしたのだから、ただじゃすまないね」
「ええ、何試合かの出場停止、次にやったら今シーズン出場停止でしょう」
「けどね、気持ちは、わからないでもないよ。あの、ぶつけられたことには捕手だって関係しているかもしれないからね。そのせいで、同僚が退場に追い込まれたのだしね」
「ええ、そうなんすけど、これで、HOWは三番四番の両主砲を欠くことになりますね」
そして、待つこと約十分、今イニング、二度目の試合再開となった。
下条選手は続けることが難しかったらしく、王者のキャッチャーは交代していた。
ツーアウト二塁三塁、打ったバッターの久能は、本塁クロスプレイの間に二塁に進塁していた。代走の横手は三塁である。六番の高部がバッターボックスに入った。
競羅が声をかけた。
「しかし、今の中断中、両軍ベンチは冷静だったね。特に王者の方はやられたのに」
「ええ、警告試合となっていますからね。何かやらかしたら、すぐに退場すよ。一昔前はそんな規定がありませんから、一試合に何度も乱闘があったらしいすけど」
「そうなのか、その時代の方がよかったぜ」
絵里が中に入ってきた。
「あんた、また、ぶっそうな発言を、野球はケンカじゃないのだから。それより、試合の話に戻るよ。この打席にいる選手はどうなのだい?」
「どうって、普通のセカンドすよ。職人肌でもありませんしね。でも、ピッチャーの方が動揺してますよね。一点でも、先に点を取られてしまいましたから」
と数弥が答えたとき、どよめきの声がして、電光掲示板のアウトの赤ランプ二つが消えた。これは、スリーアウトチェンジである。
HOWの応援団からはため息が聞こえた。変わったばかりの王者のキャッチャー須藤が受け取ると同時に、三塁に向かって矢のような送球をした。その結果、リードをしていた横手はベースに戻りきれずタッチされたからだ。
「しかし、さすがすね、須藤選手。強肩は王者一すからね」
「そうだぜ須藤、一気にピンチを葬ったぜ」
絵里もうれしそうに声を上げた。ツーアウトながらも、先取点が取られた後の二塁三塁のピンチをすくったのだから、ファンにとっては当然の反応であろう。
対して、そのチャンスをつぶしたHOWの応援団は沈んでいた。
「ええ、横手選手も、代走なんすけど、試合にあんまり出ていませんから、勘が鈍っていたのでしょう。ある意味、こういうことって、よくありがちすよ」
「あはは、代走屋が殺されていたら、世話はないよ」
数弥、絵里、二人の会話をよそに、
「あんた、今、見てたよね!」
思わず天美に声をかけた競羅。少し興奮をしていた。
「うん、あれもアウトになるのね」
「そうだよ。プレイ中は、その塁を守っている選手に、塁を離れているときにタッチをされたらアウトになるからね。今回は捕手が三塁に向かって投げたのだけど、ライトから三塁、捕手から二塁とか、いろいろな場合が考えられるからね。だから、塁に出たら、絶対に気をぬいてはいけないのだよ」
そのあと、競羅はスコアボードを見つめながら言葉を続けた。
「HOWが初回に一点先制か、昨日と同じように九回まで行くとSコースの発動か」
「そういうことになるんすけど」
「けどね、時間の流れは、昨日とまったく違うね。ここまで五十分近くかかったから。さーて、このあと無事に進むのかね」




