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その十(1)


 グランド内には喧噪で染まっていた。選手たちは、お互いにつかみ合いの状況である。

 乱闘に参加しない選手たちもいた。彼らは、乱闘の輪から少し離れたところで、不安そうな顔をして状況を見つめていた。

「行け行け、やれやれ、もっとやれ! ぶっとばせ!」

 それを見ている絵里は、ますます興奮しだした。そして、

「こういうときは切り込み隊長が、真っ先に動くんよ」

「ああ、そうだね。いいところを見せないといけないからね。一番、張り切っているのはHOWの45番か。レギュラーではないね」

 競羅もこういう場に慣れているらしく、そう答えた。

「王者の76番も、がんばってるぜ。選手ではないな、コーチか」

競羅、絵里の言葉通り、この二人は奮闘をしていた。片やキャプテン、ヤンキーのリーダー格のまとめ役、もう一人はヘッドコーチ、年配の強面の代貸クラスの雰囲気か。

だが、屯倉は乱闘に参加をしなかった。じっと、グラウンドの方を見つめるだけである。

 王者の応援団は、かけつけた警備員とにらみあっていた。向こうのレフトスタンド側のHOWの応援団の方も、同様に警備員とにらみ合っているのであろう。

 その様子を見て、競羅が感心したように、

「対処が早いねえ」

「そうすね、こういうことも想定しているんすよ。観客に何かがあったら、球場の責任になりますから。でも、こんなことは、めったに起きませんけどね」

 数弥が説明をしていた。

 だが、天美の方はこの乱闘が、まずは起きることがない異常な事態とは思っていなかった。スポーツ観戦にありがちな状況の極端な場合ぐらいの感覚しかなかった。実際、天美のいたセラスタでは、サッカーにしてもラグビー、バスケットにしても、チーム同士の乱闘が珍しくなかったからだ。一月に一度ぐらいの間隔で起きていた。

 当然のごとく、両軍の応援するスタンドも酒に酔った連中の殴り合い。ナイフでの刃傷沙汰。ひどいときは、スタンドでの発砲事件もあったぐらいである。死人が出るのも当たり前、千人以上が負傷する事件も、十年に一度ぐらいは起きていた。

 彼女は、グラウンドを、それらのことを思い出しながらじっと見つめていた。

 絵里が、ついに、じれて声を上げた。

「おい、この状況、いつまで、続くんよ?」

「もう、少しで収まりますよ。ベンチ専門の選手はともかく、スタメンの選手のほとんどは小競り合いから身を引きました。こんなことで、体力を削られたり、怪我をしてもつまらないすからね。それに、代表入りにもマイナスになります」

「そうだね。どこの世界にも言えるけど、ケンカ好きだけだね、張り切っているのは」

数弥、競羅、二人の言葉の通りに乱闘は収まっていった。

 そして、収まると審判団からの発表があった。その結果、当事者のギラート、ガーナー両選手の退場、主な首謀者のHOWの須山選手、王者の川辺コーチが退場となった。

 王者の富島監督が竹尾主審に抗議をしていた。それを見た数弥の説明が入った。

「あれは、時間稼ぎすね」

「ほお。そうなのか」

「ええ、まだ、次のピッチャーができあがってないから、ああやって、時間稼ぎの抗議をしているんすよ。『コーチまで退場させた』とか、文句を言って。だから、あと少しで引き下がりますよ。だいたい、初回からワンナウト満塁のときに登板をするのは、どんなピッチャーでもきついすよ。ましてや、まだ、点が入っていないんすから。それで、取られたら、自責点はつかなくても、失点の方は自分につきますから」

「何だ、それは?」

絵里がそう声を上げた。競羅は、

「どうかしたのかい?」

「だから、じせきてんとか、しってんだよ。点数に差があるのか」

「自責点というのは自分に責任がない点す。前のピッチャーが出したランナーがホームに入っても、その取られた点は前のピッチャーの責任になります。あと、エラーによって取られた点も自責点にはなりません。ただし、どの場合も失点にはなります」

「だから、どう違うんよ」

「自責点は自分の防御率には響きません。また、前のピッチャーがのこしたランナーの分でしたら、そのとき、打たれたことで負けても敗戦投手にもなりません。前の投手が敗戦投手になります。失点は、ただの記録す。ですが、やはり、責める人は責めますね。『あそこで、きちんと押さえたら勝てたのに、役立たず』とか」

数弥の説明が終わると、ほぼ同時に富島監督は引き下がった。


 ワンナウト満塁で試合再開、ただし、ここからは警告試合である。

 一塁ランナーは退場のガーナーに変わって横手選手になっていた。

 そして、新たにマウンドに立ったのはサウスポーの藪原投手だ。競羅が尋ねた。

「この投手はどうなのだい?」

「どうって、普通の中継ぎの一人す。ローテーションピッチャーじゃありません。でも、先発をしたことは、何度かあります」

「あんた、また、長ったらしい言葉で、人を煙に巻こうとするね。先発向きか、そうじゃないかを聞いているのだけど」

 競羅に続いて、絵里もまた声を上げた。

「そう、ローテションって何よ? 確かあの、ピッチャーがつける白い粉だろう」

二人に突っ込まれ、数弥は戸惑った、だが、答えないわけにはいかない。

「まずは、絵里さんの言う白い粉についてすけど、あれは、ロージンバッグというもので、すべり止めに使うものすね」

「そんなの、試合中、使っていいのかよ」

「認められているからいいのでしょうね。暑い日は汗をかきますし、その汗でボールがぬれると、すっぽぬけが多くなって、危険すから」

 天美も納得したような顔をしていた。彼女も昨日から、ピッチャーの使っている白い粉は気にはなっていた。ただ、質問をしなかっただけで。

「それで、次はローテーションの説明すね。これは、順番に回っていくという意味す。先発ピッチャーで、中五日、中四日という言葉があるでしょう」

「ああ、何か、どこかで聞いたことがあるね。こっちの野球では無縁の言葉だけど」

「そうすか、では説明を続けます。この中四日、中五日というのは五人の先発ピッチャーが順番に回る。中五日、中六日というのは、六人のピッチャーが回ることすね。あと、当然、野球は毎日開催をしているわけでは、ありませんから休養日があります」

「だろうね。さすがに、毎日やるわけにはいかないからね」

「ええ、そうすね。あとは、ローテーションの谷間という言葉があります。これは、休養日が何かの都合で、試合日に変更になったとき、ピッチャーの数が足りなくなるんす、だから、それを、おぎなうピッチャーが必要となるんす。そのピッチ・・」

 ここで、数弥は説明をやめた。そのあと、次のセリフを、

「それより、今は試合を見ましょう。ちょうど、面白いとこすから」


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