第1章 偽りの花嫁
第5部 二兎を追う女
街道は小国テリスティアへと至る。
地道に歩いて旅を続けてきたラリサ達は、休憩がてら、テリスティアの門に一番近い食堂で休憩することにした。
「僕ね、たまには牛のステーキとか食べたいなあ」
ラリサのもとでしごき直され、延々と歩かされ、スリムな体型に戻ったシドが、上目遣いに尋ねる。
ヨーナに散々甘やかされ、ふやけた根性も、いちから叩き直された。
「野菜も食えよ」
「はーい」
聞き分けよく返事をするシド。ラリサは木の扉を押し、食堂に入っていった。
暫く食事をしていると、馬のいななく声が聞こえてきた。
食べる手を止めずにいると、妙な男が、ラリサのもとに歩み寄ってきた。
「お食事中すみません、お尋ねしたいことがあるのですが」
男は慇懃な態度で腰を直角に折った。
「ラリサと言う女性バルテオを探しています。お心当たりはございませんか?」
「俺だよ」
「えっ」
「俺」
ラリサは麦粥を、音を立てずにすすりながら、自分を示した。
男は面食らった様子だったが、気を取り直した。
「実は、どうしても受けていただきたいご依頼があるのです。ラリサさんにしかお願いできないのです」
「何だ、仕事の話か。食事が終わったら奥の部屋を借りるから、少し待っていてくれ。そこで話を聞くからな」
急いでラリサは麦粥をかき込んだ。茹でた鶏肉も幾つか口に放り込む。
シドは嬉しそうにステーキを頬張っているし、エステレルはいつも通り、蒸し野菜をもそもそと食べていた。
「お前らはゆっくり食事していろよ。あ、追加注文は無しな」
先に食べ終わったラリサは、3人分の食事代を前払いし、食堂のオーナーから奥の部屋の鍵を借りて、男と商談に入った。
食堂や宿屋では、こうした施設が奥に併設されていることが多い。
皆、そこで商談をまとめたり、交渉ごとに使ったりするのだ。
「で……俺にしか出来ない仕事ってなんだ」
鍵を閉めて、ラリサは男に向き直った。
「テリスティアの姫、メイフィエールラ様からのご依頼です。どうしても抜けられない用事が重なってしまったため、結婚式の代役を務めていただきたいとのことです」
「はあぁ?」
ぽかんと口を開け、ラリサは聞き返した。
「結婚式の日取りをずらせばいいじゃねぇか。そうでなけりゃ、用事のほうを」
「それが、どちらも出来ないために、困っていらっしゃるのです」
男は姫の執事だと語った。
どうやら、ラリサの知っている国と違い、テリスティアは領主自らが畑仕事をするような国ではなさそうだ。
開拓に成功し、ある程度、富を貯えられれば、こうした形式の国も出てくるというものだ。
王が居て、姫が居て、執事が仕えていて。
割合と、ここらじゃ珍しい国のあり方だな、とラリサは思った。まあ、だから何ということもないが。
執事から詳細説明を受ける。
姫は式の途中に用事を終えて戻ってくるそうだ。
その時に入れ替われば良い、それまで姫のふりをして式に出ていてくれ。
花嫁不在の式では、招待客に格好がつかない。
姫が戻ったら、密かに入れ替わって、任務終了です、と執事は念を押した。
「そんなの、国の適当な娘に頼めばいいじゃねーか」
「秘匿事項なのです。よもや姫が式の最中に不在だなんて、誰にも知られるわけにはいきません」
執事は食い下がった。
「どうかこの依頼、お受けください。お願いします」
「……受けたんですか」
「しゃーねーだろ」
宿の一室にて。
笑いをこらえて咳き込んでいるエステレルに、ラリサは蹴りを食らわせた。
「ラリサ、お嫁さんになるの? 僕もなる!」
「シドにゃなれねーよ。男の子だからな。いずれいい娘を連れてきて、お婿さんになれよ」
どのくらい先のことになるやら、と思いつつ、シドをなだめる。
「ご存知です? 未婚女性が花嫁衣装を着ると、行き遅れるそうですよ~」
「とっくに行き遅れてらぁ。それに、嫁に行く気もねぇしな。今回のは、ビジネスだ、ビジネス」
「ああ、そう言えばそうでしたね。適齢期をもう随分過ぎていましたね」
腹の立つことに、エステレルが笑い死んでいる。
「そんなにおかしいかよ」
「普段の貴女の言動と、花嫁の代理役が、一致しないんですよ」
「素直にがさつだと言っていいぞ」
「あ、ご自分でもわかっているんです?」
ラリサは腹をよじって苦しむエステレルに、裏拳を叩き込んだ。
「よーするに、花嫁の恰好して座ってりゃいいんだろ! がさつだろーが知ったことか! 俺を指名してきた依頼主の姫さんが悪い!」
どすどすと足を踏み鳴らして、宿主が整えてくれたベッドに向かう。
「俺ぁもう寝るからな!」
ラリサは怒鳴るように宣言すると、布団をひっかぶってしまった。
その頃。
テリスティア国の首都テレス中央、豪華な屋敷にて。
メイフィエールラ姫は、執事から報告を受け、身代わり役が出来たことを喜んでいた。
「よくやりましたわね。これであたくしも安心して眠れますわ」
姫はナイトキャップを楽しみながら、頭の中で手はずを整えていた。
一方。
ラリサが寝てしまった後、シドとエステレルは内密に、作戦会議をしていた。
「シドは小さいですから、服と帽子で変装して、式場に潜り込めるでしょう。私はきっと中には入れませんから、周辺を警戒しておきますよ」
「そうだね。ラリサにお嫁さんの代わりをさせるってことは、命を狙われているってことだもんね」
でなければ、この大陸にまだ一人しか居ない「女バルテオ」を探したりするだろうか。
「くれぐれも、用心を怠らないようにしないといけませんね……」




