第2章 姫の企み
ラリサと姫は事前に顔合わせをし、寸法を測り、同じデザインでサイズ違いのドレスをあつらえた。
メイフィエールラ姫とは髪の色も長さも違う。従って、すっぽりと頭巾のように頭を覆うタイプのヴェールを選んだ。
遠目に見分けさえつかなければ、問題ないはずだ。
挙式数日前から、姫は公務とやらに出かけていった。前日には招待客が次々と屋敷に集まり、夜なべで祝いの酒宴を設け、宿泊した。花婿となる男は独身最後の夜を祝われていた。
新郎は、近隣では名のある豪商の跡継ぎだという。金目当ての挙式だということは、本人を見てすぐに分かった。背が低く、酒樽のような体型で、頭皮がところどころ見えている、冴えない外見だった。年齢も、姫の2倍近くはあるのではないだろうか。
「姫様とあの人は、好き合っているの?」
綺麗な衣装と帽子で耳と目を隠し、屋敷に忍び込んでいたシドは、無邪気に姫の執事に尋ねた。
「もともと許嫁なのです」
「許嫁って何?」
「小さい頃からお嫁入りを約束している者同士のことですよ」
「じゃあ、小さい頃は姫様、あの人を好きだったの?」
「許嫁は親が決めるものです。姫様のご意志は関係ないのですよ」
「そうなんだ……なんか、可哀想だね」
好き同士なら、外見なんてどうでもいいんじゃないかなあ、とは思っていた。
でも、親が決めた相手で、自分の好みじゃない人と、一生一緒にいるのは、辛くないのかな?
それともあの男の人は、見た目はああだけど、とってもいい人なのかな?
シドは好奇心に任せて、酒宴を覗いてみた。
新郎はしたたかに酔っており、醜態をさらしていた。
「あの姫が手に入れば、もう、この国はオレのものだー!」
王様にでもなった気でいるみたい、とシドは思った。姫の婿なら、確かに次の王様になるのかな?
「欲しいものは全部手に入れてやる! オレを見くびっていた奴らに泡を吹かせてやる! この世はオレのもんだぁぁー!」
酔って騒ぐ新郎をヨイショして、取り入ろうとする取り巻きの男たち。
なんか、大人社会の汚いところを見てしまった気がした。シドはそうっと扉を閉めた。
(嫌な予感がするなあ)
シドはエステレルの気配を探った。庭には夜警が立っている。その外、屋敷の敷地から出たところに彼は居た。
(もうちょっと近くにいて欲しいけど……夜警さんとかに怪しまれるかな。僕たちはバルテオじゃないから、ラリサの契約した仕事を手伝っちゃいけないんだよね)
時間が過ぎて、日が変わり、昼頃から屋敷の大広間を使って、挙式が始まった。
国によっても地域によっても、結婚式のやり方は様々だ。特定の宗教が浸透していないこの時代、こうした家同士の結婚式となると、証人たる仲人が、新郎新婦の婚姻の誓いを取り持つ形式が多かった。
ラリサが扮する姫と新郎は、仲人である有力商人を挟んで座り、長い演奏と祝福の詠唱とが会場を満たした。シドは最初こそ(ラリサ綺麗だなあ)と感心していたが、段々眠くなってきた。
招待客の中にも舟を漕いでいるものもいる。
ラリサは身動き一つしない。抱えたブーケを膝に乗せて、じっとしている。
(何かおかしいぞ)
気づいたのは、演奏が終わって、急に静かになった時だ。突然眠気が飛んで、シドはラリサを見つめた。
(あのブーケ! よくわかんないけれど、なんか嫌な気配がする!)
シドは花嫁のもとへ駆け寄り、ブーケを奪い取った。
「こら! イタズラするんじゃない! 神聖なる結婚式の場だぞ!」
大人たちが追いかけてくる。シドはブーケの花をちぎり投げながら逃げ回った。
そろそろ姫本人が帰って来てもいい頃なのに、ラリサと入れ替わる様子がない。不安が募る。
「シド、こっちです!」
うまく警備の目をかいくぐったのか、エステレルが会場まで来て、逃げ道を手引きしてくれた。
シドはラリサの腕を掴むと、引きずるように走った。
「姫様は?」
「別の男と馬車で逃げていきました。ラリサは嵌められたんです!」
エステレルはシドのばらまいた花を見て、「麻酔効果のある香りを放つ草ばかりじゃないですか」と顔をしかめた。
それで、ラリサがぼうっとしている理由が分かった。
裏手に回り、井戸から冷たい水を汲んで、ばしゃりとラリサにぶっかけると、彼女は正気に返った。
「どういうことだ!?」
ずるずると引きずって動きづらいウェディングドレスを、足に隠していた短剣で、短く引き裂きながら、彼女は尋ねた。
ヴェールのついた頭巾もむしり取って放り出す。蜂蜜色の長い髪がばさりと落ちた。
一瞬、頭に斧の傷痕が見えたが、彼女は髪をくくって傷痕を隠した。
「あの姫は、自分の身代わりとして、ラリサをそのまま許嫁に嫁がせる気だったんでしょう。そして自分は恋人と駆け落ちを……」
「そおゆう魂胆だったってわけか! それで一向に帰ってきやがらねぇんだな!」
ラリサは怒り心頭だった。自ら会場に戻り、違約金を払えと姫の父親に短剣を突きつけた。
「俺が頼まれた内容と違うじゃねぇか。娘の不始末だ、親が責任を取りやがれ!」
慌てたのは執事である。姫の父親は全くそんな事情を知らなかった。ラリサが身代わりとして花嫁代理を務めていたことすら、知らなかった。
「執事、お前、本当にそんなことを?」
「は、はい、畏れながら……本当でございます。お嬢様のご意向で……」
「オレ、そっちのねーちゃんを嫁にしてやってもいいよぉ~」
まだ酒が残っているのか、とぼけたことを言う花婿を、ラリサは軽くのした。
「家同士の婚姻に俺は関係ねーだろ。寝言は寝て言え」
「申し訳ない。本当に、申し訳ない」
ラリサ達にも、招待客にも、姫の父親は謝りどおしだった。執事はその場で解雇が決定した。
「バルテオのラリサ殿、重ねての依頼で申し訳ないが、姫を連れ戻して貰えないだろうか……」
「断る」
いい笑顔でラリサは言い切った。
「金なら幾らでも積む!」
「金の問題じゃねぇ。姫はもう嫁げる年代だろ? それが別の男を選んだんだ。選択の責任は彼女にあるし、ここからは彼女の人生だ。俺が関わる問題じゃねぇんだよ」
父親としてもあたたかく見守っておけ。だが、絶対に、手と金は出すんじゃねぇぞ。
本人のためにならねぇからな。娘が可愛いなら、存分に苦労させてやれ。
それだけ言うと、ラリサは控え室へ戻り、自分の荷物をまとめ、着替えて戻ってきた。
会場で招待客と花婿、仲人たちに必死に謝り倒している新婦父を後目に、一行は、さっさとその場を離れた。




