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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
プロムナード2~外伝的散歩道
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儀礼魔術師の弟子

プロムナード2~外伝的散歩道

 フォントールという名の、小さな国があった。

 領主は開拓民のリーダーの中から選ばれた。

 手作業で森や荒れ地を開墾し、領主自ら畑を耕し、徐々に国は、人が住める環境になっていった。


 周辺地域には、土着の鬼族や魔獣たちがいて、危険を多くはらんでいた。

 フォントールは、バルテオや商人、案内人(ガイド)などのギルドにも、積極的に参入し、他の小国とも協力しあう関係を作っていった。

 やがてフォントールは、「小国を集めて連合国にしよう」と呼びかけるアスティアラート国の意見にも賛同し、自国を「国」と呼ぶのをやめ、フォントール領と名乗るようになった。


 フォントール領には、優秀な魔術師が居た。

 魔術師(マギア)には、ギルドのような横の繋がりこそ無かったが、概ね小国領主をパトロンとして、日々論文をこねくり回すのに熱中しているものが多かった。

 この世界ではまだ、魔術は「研究対象」であり、実践的に使える者はほぼ居なかった、と言っても過言ではない。


 そう、儀礼魔術師ヘルハイムも、優秀ではあったが、魔法は使えなかった。

 彼の論文は簡潔で、素晴らしかった。

 数か月に及ぶ儀礼魔術によって、火口を使わずに火を起こすことすら可能だと証明していた。

 ――勿論、火口で火をつけたほうが速いのは明らかなのだが、「魔術で火が起こせる」というだけで、ものすごい称賛を浴びた。

 彼はこの論文で、一躍、時の人となった。


 となれば、ヘルハイムを疎ましく思う魔術師も、出てくるものだ。


 優秀な論文をおさめ、領主に「儀礼魔術師」と認められ、身分証明用の免状をいただき、晴れて一般市民からエリート魔術師へと身分が変わる。


 エリート魔術師の生活は、魔術の更なる探求と、定期的な論文の提出だ。

 衣食住は保証され、時には気晴らしのように、一般市民に文字や計算を教える者もいる。


 ヘルハイムはその、気ままで恵まれた生活を、自ら放棄した。

 領主に黙って与えられた家を出ていき、領のあちこちを放浪し、時に危険が満ちた森の奥に居を構えた。


 高名なるヘルハイムがいなくなったことで、後釜についた魔術師グァデルノは、論文や実験でなかなか成果を上げられなかった。

 彼は全て、ヘルハイムの所為だと、陰謀だと主張した。

 大事な資料である巻物や写本を、全て持っていかれてしまったからだ、と。


 実際には、ヘルハイムは、家から巻物ひとつ持ち出してはいなかった。

 彼は身ひとつで旅をし、そして――内密に、たったひとりだけ、弟子を取った。


「見つけましたよ、ヘルハイム師」

 ある時、フォントールの長が子連れでやってきた。

 フォントールの長、ソミュア氏も割合と放浪癖があり、自領内をよく旅して回っていた。

 困っている人がいれば助けて回り、力仕事や汚れ仕事にも進んで手を貸し、人々の生活をよく把握していた。


「どうしても師には紹介したくてですね、探し回りましたよ。こちら、わたしの妻です。そして……あれ、2人は?」

「あら? 先ほどまで、わたくしちゃんと見ておりましたのに」

 妻と呼ばれた若い娘は、「フィルー、アリスー」と子供たちの名を呼びながら探し回った。

「すみません、わたくし、探してまいります」

「いや、ここはまだ森に近い。危ないから奥さんは、ここにいたほうがいい。……ほい、お前さん、行って子供たちを見つけておいで」


 ヘルハイムは、ブルカのような布をすっぽりと被った小さな子供(?)を呼び出し、声をかけた。

 「お前さん」と呼ばれた小さな人影は、無言ですっといなくなった。


「今のは……?」

「わしも年を取りましたからな。ひとりだけ、弟子をとったのですよ」

 ヘルハイムは茶を煎れて、2人の前に差し出した。

「まあ、あの子ならじきに見つけてくるでしょう」


 森のそばに、小川が流れていた。

 ついついと小魚が泳いでいるのが、透けて見える。


「ふぃーたん、あぶなーの! だめなの!」

 小魚を手ですくい取ろうとして、幼いフィルは身を乗り出していた。

 更に幼い妹は、一生懸命、兄を止めようとする。

「もうちょっと、もうちょっとで、手が届きそうなんだ……!」

「だあーめ、あいしゅ、ままにいーちゅけるんだから! おちたらたいへんよ!」


 小川の向こうに、何かが見えた。熊のような影だ。

 2人の幼い兄妹は、川魚に夢中で、全く気づいていない。


 しゅん、と音もなく、小さな聖獣が、熊を追い払った。

 そしてブルカのような布をすっぽりと被った小さな人影が、兄妹のそばに立っていた。


 幼い兄妹は気づき、小川の向こうへと逃げていく熊を目にして、震えあがった。

「や、やっぱ、ままのとこにもどろーよ、ふぃーたん……」

 妹は兄の腕に抱きついた。


「きみが助けてくれたの?」

 フィルは黙ったままの人物に、思い切って声をかけた。


 静寂が返ってきた。

 小さなリスみたいな聖獣が飛んできて、その人物のブルカの中に滑り込んだ。


「きみ、名前は? ぼくはフィル」

「あたち、あいしゅ!」


「……」

 無言で人影はゆっくりと首を振った。

 

「お前さん(ティティル)、まだかの? 大分遅いが、子供たちは確保できたのかね?」

 ヘルハイムの声がした。

「早く連れて戻ってきなさい。客人に用意した茶が冷めてしまうじゃろう」


「おなまえ、ててりゅっていうの?」

「ティティルは呼び方だろ、人の名前じゃないよ。お前さん、とか、目下の人を呼ぶときに使う言葉なんだよ。ぼく知っているんだから!」


「……」

 名の無い人物は黙って先導し、2人の子供を母親の前に導いた。

 その頃、父親はヘルハイムと話し込んでいた。


「素晴らしい! 治水灌漑に関するこの論文、どうして発表されないんですか! この領にも役に立ちましょうに。領のためにも、今すぐにでも、師には戻ってきていただきたいです!」

「いやいや、わしはもう魔術師としては引退した身じゃ。こうして自然に囲まれて余生を過ごすのが性に合っておる。論文を急かされ、新たなる発見を次々と期待される、あの重圧には耐えかねるわい」


 ソミュア氏はヘルハイム師を呼び戻すのに失敗した。

 ヘルハイム師は、頑として町に戻ることを拒んだ。


 諦めて立ち去ろうとすると、アリスが不意に振り返って、無言の弟子に向かって手を振った。

「ててりゅ、とってもきれいなめね! きらきら、きらきら、すてきなの! つぎはあいしゅたちにもおなまえおしえてね!」


 沈黙の弟子は俯いた。心の中で衝撃が渦巻いていた。

「……見られたのか?」

「そのようです。気をつけては居たのですが」

 ヘルハイム師に尋ねられ、ますます弟子は縮こまった。


「ソミュア氏に居場所を見つけられてしまったの。また旅に出ねばならん。もう町には帰らんと言っても、聞かない男じゃな、あのかたは」

 弟子は答えず、師に従って、旅支度を始めた。

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