表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第4部 田園交響楽~ジイドへのオマージュ
22/56

第4章 大人の役割

 エステレルはラリサを連れ帰り、酔い覚ましの煎じ薬を飲ませた。

「大事な話があります。明日の雪かき、お休みを取ってもらえませんか?」


 ラリサはその晩のうちに、エステレルに言伝を頼んで、翌日の休暇を貰った。

 雪は降り続いていたが、それどころではなかった。


 ラリサの分の食事が、風呂が、段々と用意されなくなり、日当が稼ぐそばから巻き上げられているのには気づいていた。それをラリサは、「自分の居場所がない」と感じていた。

「日頃から家にいねぇから、仕方ねーかな……」

 そんな風に思って諦めてもいた。


(家に帰っても、メシ食って、風呂浴びて、寝るだけだからなあ……家のことはヨーナとエステレルに任せてあるし、シドだって手伝いくらいしているだろう)

 ラリサは本当は、心中穏やかでなかった。

(俺は居ても居なくても変わんねぇんだ。金さえ稼いで来れば問題ねーんだろう……)


 諦めのような境地は、エステレルにシドのだらけきった姿を見せられて、吹っ飛んだ。

 埃をかぶった弓が転がっている。ラリサが特別にあつらえてプレゼントしたものだ。


「なんだ、ラリサか。ヨーナは? 喉渇いたんだけど」

「なんだとはなんだ。その恰好はどうした。喉が渇いたなら、自分で汲んで、煮沸して、冷ました水でも飲みやがれ」

 ラリサは呆れた。何がどうしてこうなったか、すぐに分かった。

 シドはヨーナを呼び続けたのだ。

「ヨーナぁ。喉渇いたぁ~。ジュース持ってきて~」

「はーい」


「はーいじゃねぇよ!!」


 ラリサはヨーナを止めた。

 ヨーナは、甘い果物を取り出し、すりおろして布巾で絞ろうとするところだった。

 何が悪いのか、全然わかっていない。


「ヨーナ、お前、この調子でシドを甘やかしてきたのか?」

 見る影もなくぷくぷくに太ったシドを見て、ラリサはヨーナに詰め寄った。

「甘やかしているなんて……シドはとっても良い子です。まだ小さな子供ですし、甘いものを欲しがるのもおかしくないです」


「ご飯の代わりに、お菓子を与えているのは、どういう理由ですか?」

 言伝を終えて帰宅したエステレルが、ラリサに並ぶ。

「だってシドがお菓子を食べたいって言うんですもの。ご飯は欲しくないって……」


「食べたいって言えば無条件に菓子を出すのか? どれだけ果実や砂糖が高級品か、分かっていて言っているんだろうな? 俺の稼ぎはシドを太らせるためにあるのか?」

 事情を知り、ラリサは頭に血が上り始めていた。

「そうじゃないんです。お菓子をあげればシドはわたしを慕ってくれます。わたしに懐いてくれます。わたしを家族として愛してくれます」

「そんな訳ねーだろ。シドはヨーナ、お前を愛しているんじゃなくて、菓子を愛しているんだ!」

 ラリサはびしりと言った。


「お前はシドにとって、菓子で釣る以外にゃ魅力がねぇんだよ。シドの奴隷みたいなもんだ。いいか! 菓子やフルーツは、特別な時にしか与えるな。家事を手伝わせろ。よく体を動かさせろ。オトナってのは、成長していく子供に、いずれ自立しても生きていける強さと知恵を、しっかりと身につけさせる役割だろ。いつまでも子ども扱いして、甘やかすのがいいとは俺は全く思わねぇ!」


「ラリサは厳しすぎます! いいじゃないの、食べたいときに食べたいものを食べさせたって。今しかこんな機会はないかもしれないんですよ!」

「人の金で買ったものを勝手に与えて、それを言うのか。ヨーナ、お前、相当なクズ女だぞ」

「クズ女だなんてヒドイわ! わたしは、叱らない躾をしているだけです」

「お前の行動のどこが躾になっているのか、説明してみせろよ! 説明できるんだろうな?」


 詰め寄られてヨーナは泣き出した。

「わたしは悪くない!」

 泣いているヨーナに気づき、シドが久々にベッドから降りて、重くなった体を揺すりながら近づいてきた。

「そうだよ、ヨーナは悪くないよ。美味しいものいっぱいくれるよ。したくないことはしなくていいって言ってくれるよ」


「お前ら、ばかか。シド、お前、その体で春になったら歩けるのか? 危険が迫った時に弓や火で対処できるのか? 俺らはここに定住する訳じゃねぇんだぞ?」


「僕、ヨーナとこの町に残るから、いいもん!」

「そうかそうか。じゃあ勝手にしろ。残れ。但し家の借り賃をどうするのか知らねぇぞ。ヨーナに稼いで貰うんだな」

「ヨーナなら、稼げるもん! 目だって見えるようになったし、お料理やお菓子も美味しいし」


 ラリサは呆れて、この家の借り賃を具体的に挙げた。

 事故物件で安いとはいえ、思わず聞き返す金額だった。


「そんなに……稼げないわ」

 へなへなとヨーナが座り込む。

「大丈夫だよ! ラリサに稼げるんだから、ヨーナだって! 僕、毎日ヨーナの作ってくれる美味しいお菓子を楽しみにしているね。ジュースもね。毎日作ってね!」


 砂糖や甘い果実の値段は、家の借り賃より高かった。

 ヨーナは初めて、シドが自分に懐いているのではなく、お菓子とジュースに執着しているのだと気づいた。


「まあ、どうやって金を稼ぎ出すのかは知らねぇが、今すぐにこの家を大家に返して、俺とエステレルで別の物件に引っ越したって構わねぇんだぜ。お前らは残るんだろ? 春はまだ遠いぜ、滞納するなよ」


 ラリサとエステレルは、さっと身の回りのものをまとめると、出て行こうとした。

 はしっとヨーナが、ラリサの服を掴む。


「見捨てないでよ!」


 泣き声でヨーナは叫んだ。

「勝手にお金を使い込んだのは謝ります。シドを甘やかしすぎたのも反省します。だから出て行かないで!」


「じゃあ、この条件を飲めよ」

 ラリサは振り向き、どさりと荷物をおろした。

「一つ、まずシドも雪かきに参加すること。二つ、ヨーナは家事を手抜きしないこと。いいか? 帰ってきてメシが出来ていないとか、貯蔵庫の中身が妙に減っているとか、次からは容赦しねぇからな。夜中だろうと、雪の中に放り出すから覚悟しておけよ」


 翌日から、シドは耳と目を帽子で隠して、たゆんたゆんになった体で、雪かきにかり出された。

 雪は重くて湿っていて、なかなかスコップも持ち上がらなかった。腕がぷるぷるした。


 ヨーナは、シドが留守にするようになって、家事を丁寧にするようになった。

 家に残っているエステレルが全く相手をしてくれないので、家の中は静かだった。


 春がきて、徐々に雪が雨に変わって、路面の石畳が見えるようになった頃。

 流石に毎日雪かきに励んだシドは、なまった体を鍛えられて、少し体型が戻っていた。

 旅立ちの前夜までかけて、滞在した家を綺麗に皆で掃除し、鍵を大家に返した。


 ヨーナは故郷に帰されることになった。

 彼女の故郷へ向かう商人を捕まえて、荷車に乗せて貰えるように交渉したのだ。

「エステレル……最後までさん付けでしたね」

 ヨーナはフードで顔も髪も見えない状態のエステレルに、声をかけた。

 エステレルは返事もせずに、ヨーナの乗った荷車を見送った。


「さーて、弓の名手が、今晩のメインディッシュを弓で撃ち落としてくれるはずだからな。期待しているぜ」

 ラリサはさりげなくシドに弓を意識させた。

「え、これからずっと、特訓なの?」

「日頃から使えるようになっておけって言ったろ? 勿論、狙いを外したりしないよなー?」

 ラリサの言葉に、シドは涙目で(ヨーナとのラクチン生活に戻りたい……)と考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ