第4章 大人の役割
エステレルはラリサを連れ帰り、酔い覚ましの煎じ薬を飲ませた。
「大事な話があります。明日の雪かき、お休みを取ってもらえませんか?」
ラリサはその晩のうちに、エステレルに言伝を頼んで、翌日の休暇を貰った。
雪は降り続いていたが、それどころではなかった。
ラリサの分の食事が、風呂が、段々と用意されなくなり、日当が稼ぐそばから巻き上げられているのには気づいていた。それをラリサは、「自分の居場所がない」と感じていた。
「日頃から家にいねぇから、仕方ねーかな……」
そんな風に思って諦めてもいた。
(家に帰っても、メシ食って、風呂浴びて、寝るだけだからなあ……家のことはヨーナとエステレルに任せてあるし、シドだって手伝いくらいしているだろう)
ラリサは本当は、心中穏やかでなかった。
(俺は居ても居なくても変わんねぇんだ。金さえ稼いで来れば問題ねーんだろう……)
諦めのような境地は、エステレルにシドのだらけきった姿を見せられて、吹っ飛んだ。
埃をかぶった弓が転がっている。ラリサが特別にあつらえてプレゼントしたものだ。
「なんだ、ラリサか。ヨーナは? 喉渇いたんだけど」
「なんだとはなんだ。その恰好はどうした。喉が渇いたなら、自分で汲んで、煮沸して、冷ました水でも飲みやがれ」
ラリサは呆れた。何がどうしてこうなったか、すぐに分かった。
シドはヨーナを呼び続けたのだ。
「ヨーナぁ。喉渇いたぁ~。ジュース持ってきて~」
「はーい」
「はーいじゃねぇよ!!」
ラリサはヨーナを止めた。
ヨーナは、甘い果物を取り出し、すりおろして布巾で絞ろうとするところだった。
何が悪いのか、全然わかっていない。
「ヨーナ、お前、この調子でシドを甘やかしてきたのか?」
見る影もなくぷくぷくに太ったシドを見て、ラリサはヨーナに詰め寄った。
「甘やかしているなんて……シドはとっても良い子です。まだ小さな子供ですし、甘いものを欲しがるのもおかしくないです」
「ご飯の代わりに、お菓子を与えているのは、どういう理由ですか?」
言伝を終えて帰宅したエステレルが、ラリサに並ぶ。
「だってシドがお菓子を食べたいって言うんですもの。ご飯は欲しくないって……」
「食べたいって言えば無条件に菓子を出すのか? どれだけ果実や砂糖が高級品か、分かっていて言っているんだろうな? 俺の稼ぎはシドを太らせるためにあるのか?」
事情を知り、ラリサは頭に血が上り始めていた。
「そうじゃないんです。お菓子をあげればシドはわたしを慕ってくれます。わたしに懐いてくれます。わたしを家族として愛してくれます」
「そんな訳ねーだろ。シドはヨーナ、お前を愛しているんじゃなくて、菓子を愛しているんだ!」
ラリサはびしりと言った。
「お前はシドにとって、菓子で釣る以外にゃ魅力がねぇんだよ。シドの奴隷みたいなもんだ。いいか! 菓子やフルーツは、特別な時にしか与えるな。家事を手伝わせろ。よく体を動かさせろ。オトナってのは、成長していく子供に、いずれ自立しても生きていける強さと知恵を、しっかりと身につけさせる役割だろ。いつまでも子ども扱いして、甘やかすのがいいとは俺は全く思わねぇ!」
「ラリサは厳しすぎます! いいじゃないの、食べたいときに食べたいものを食べさせたって。今しかこんな機会はないかもしれないんですよ!」
「人の金で買ったものを勝手に与えて、それを言うのか。ヨーナ、お前、相当なクズ女だぞ」
「クズ女だなんてヒドイわ! わたしは、叱らない躾をしているだけです」
「お前の行動のどこが躾になっているのか、説明してみせろよ! 説明できるんだろうな?」
詰め寄られてヨーナは泣き出した。
「わたしは悪くない!」
泣いているヨーナに気づき、シドが久々にベッドから降りて、重くなった体を揺すりながら近づいてきた。
「そうだよ、ヨーナは悪くないよ。美味しいものいっぱいくれるよ。したくないことはしなくていいって言ってくれるよ」
「お前ら、ばかか。シド、お前、その体で春になったら歩けるのか? 危険が迫った時に弓や火で対処できるのか? 俺らはここに定住する訳じゃねぇんだぞ?」
「僕、ヨーナとこの町に残るから、いいもん!」
「そうかそうか。じゃあ勝手にしろ。残れ。但し家の借り賃をどうするのか知らねぇぞ。ヨーナに稼いで貰うんだな」
「ヨーナなら、稼げるもん! 目だって見えるようになったし、お料理やお菓子も美味しいし」
ラリサは呆れて、この家の借り賃を具体的に挙げた。
事故物件で安いとはいえ、思わず聞き返す金額だった。
「そんなに……稼げないわ」
へなへなとヨーナが座り込む。
「大丈夫だよ! ラリサに稼げるんだから、ヨーナだって! 僕、毎日ヨーナの作ってくれる美味しいお菓子を楽しみにしているね。ジュースもね。毎日作ってね!」
砂糖や甘い果実の値段は、家の借り賃より高かった。
ヨーナは初めて、シドが自分に懐いているのではなく、お菓子とジュースに執着しているのだと気づいた。
「まあ、どうやって金を稼ぎ出すのかは知らねぇが、今すぐにこの家を大家に返して、俺とエステレルで別の物件に引っ越したって構わねぇんだぜ。お前らは残るんだろ? 春はまだ遠いぜ、滞納するなよ」
ラリサとエステレルは、さっと身の回りのものをまとめると、出て行こうとした。
はしっとヨーナが、ラリサの服を掴む。
「見捨てないでよ!」
泣き声でヨーナは叫んだ。
「勝手にお金を使い込んだのは謝ります。シドを甘やかしすぎたのも反省します。だから出て行かないで!」
「じゃあ、この条件を飲めよ」
ラリサは振り向き、どさりと荷物をおろした。
「一つ、まずシドも雪かきに参加すること。二つ、ヨーナは家事を手抜きしないこと。いいか? 帰ってきてメシが出来ていないとか、貯蔵庫の中身が妙に減っているとか、次からは容赦しねぇからな。夜中だろうと、雪の中に放り出すから覚悟しておけよ」
翌日から、シドは耳と目を帽子で隠して、たゆんたゆんになった体で、雪かきにかり出された。
雪は重くて湿っていて、なかなかスコップも持ち上がらなかった。腕がぷるぷるした。
ヨーナは、シドが留守にするようになって、家事を丁寧にするようになった。
家に残っているエステレルが全く相手をしてくれないので、家の中は静かだった。
春がきて、徐々に雪が雨に変わって、路面の石畳が見えるようになった頃。
流石に毎日雪かきに励んだシドは、なまった体を鍛えられて、少し体型が戻っていた。
旅立ちの前夜までかけて、滞在した家を綺麗に皆で掃除し、鍵を大家に返した。
ヨーナは故郷に帰されることになった。
彼女の故郷へ向かう商人を捕まえて、荷車に乗せて貰えるように交渉したのだ。
「エステレル……最後までさん付けでしたね」
ヨーナはフードで顔も髪も見えない状態のエステレルに、声をかけた。
エステレルは返事もせずに、ヨーナの乗った荷車を見送った。
「さーて、弓の名手が、今晩のメインディッシュを弓で撃ち落としてくれるはずだからな。期待しているぜ」
ラリサはさりげなくシドに弓を意識させた。
「え、これからずっと、特訓なの?」
「日頃から使えるようになっておけって言ったろ? 勿論、狙いを外したりしないよなー?」
ラリサの言葉に、シドは涙目で(ヨーナとのラクチン生活に戻りたい……)と考えていた。




