第3章 誰かが見ている
ヴィーエの館に駆け込み、シドはまず中を探検した。
「ふかふかのベッド! あったかいお風呂! 暖炉! ご飯が作れる厨房!……」
ぐるぐるとあちこちを駆け巡って、肩を落とす。
「何にもないよぅ……」
がらんとした、調度品すらない部屋が、幾つも見つかるばかり。
一部は壁が崩れていたり、床が落ちていたりしている。
見つかったのは、封印されて、開けられなくなった、大きな扉だけ。
「しゃあねぇ、建物内で野宿だ」
「そんなぁぁ~。ふかふかのベッドとお布団さん~~」
ラリサが手際よくハンモックを用意するのを見て、シドはべそをかき始めた。
「あったかいスープに、ふわふわのパン~」
「ここにねぇものはねぇんだ、諦めろ」
「また、ぱさぱさの保存食を食べるだけ?」
「水も補給出来そうにないしな、ケチケチ飲めよ」
「そんなぁ~」
シドはがっくりした。
旅ってもっと楽しいものだと思っていたのに。
足のまめは痛むし、ご飯は乾燥してぱさぱさの保存食ばっかりだし、野宿もしんどいし。
そんなこと写本や巻物には載っていなかった。旅行話はわくわくするものばかりで、退屈な途中経過なんて全部省かれていた。
「吹きさらしの屋外より、少しはましでしょう」
「ましレベルだよ~。僕はふかふかのお布団で眠りたいのに~」
エステレルも、いつの間にか自分用のテントを張っていた。
ぐずるシドに、ラリサは言った。
「町へ着くまで我慢しろ。旨いものを食わせてやるし、良い宿を見つけてやるからな」
「ほんと?」
「嘘ついてどうすんだよ」
シドは「わぁい」とラリサの腰に抱きついた。
「次の町、まだかなぁ」
寝具をめいめい用意したところで、日が暮れたのがわかった。
一行は、携帯用保存食で簡単に腹を満たし終えており、あとは寝るだけだった。
「そう言えばさ、エステレル」
ラリサはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「おめー、手荷物殆どねぇじゃん。どっからテントなんて出したんだ?」
「ああ。私は魔法具の収納石を持っているんですよ」
エステレルは素直に答えた。
収納石とは、多面体で構成された魔石だ。面の数だけ、荷物を吸い込んで保管してくれる。保管された荷物は時間を止めるが、生物は吸い込めない。吸い込んだ瞬間、死んでしまう。
これは儀式魔術によって創り出された魔法具のひとつで、正方形のもの辺りまでなら、何処にでも流通していた。町の魔法具店で売っているくらい、ありふれたものだ。
だが、エステレルの収納石は、見たこともないほど超高価なものに見えた。
完全な球体だったのだ。つまり、無限に荷物をしまえる特別仕様なのだ。
「お師匠様の形見ですから、誰にも貸しませんし、触らせませんよ。見せるのすら避けていたんですから」
尤もなことを言うエステレル。
さぞ、高名で実力のある魔術師の師匠だったのだろう。
聞けば、身につけている装飾品も殆どが形見の魔法具だという。
「この館で無事に朝を迎えられるように、お2人にお貸ししておきますね」
意味深長な言葉と共に、エステレルはシドとラリサに指輪を1つずつ渡した。
渡された指輪はサイズが緩かったが、嵌めた途端にするっと縮んで、2人の指にフィットした。
とっぷりと日が暮れると、灯したランタンの明かりだけが廃屋を照らし出した。
「おやすみなさい」
シドは歩き疲れて、すやすやと寝入ってしまう。
「おやすみ」
ラリサも沈黙した。
エステレルは自身のテントの中で、じっと様子を窺っていた。
ちょろちょろとティキが落ち着かない様子で、忙しなく主人の肩回りを駆け回っている。
(この館全体から、誰かの思念体の気配を感じますね)
(ギィ)
(明らかに見られていますね……何処からでしょうか?)
(ギィィ……)
ティキの毛が逆立っている。聖獣ヴァウがここまで反応するのだから、間違いないだろう。
3人は確かに誰かに監視されているのだ。
(何も起こらなければ良いのですが……)
エステレルは、ヒントを求めて、この地に関する御伽話を読み返すことにした。




