第2章 ヴィーエの館
人気のない森沿いの道を、3人は歩いていた。
「もうそろそろ、宿場があってもいい筈なんだが……」
ラリサは、何処までも続く荒れた小道の先を見つめた。
道さえあれば、凡そ徒歩1日の距離ごとに、ギルドや組合の運営する宿場があるものだ。
「大体、おめーの地図だと、ここらはメインストリートの筈じゃねぇのか? こんな、踏み分け道みてーに荒れてるのはおかしいぜ。そもそも、どうしてお前が地図なんて持っているんだよ!」
「そりゃあ勿論、私のお師匠様が、歩いてご自分で作ってくださったからですよ」
エステレルは古びた地図の巻物を広げる。
「あのかたは放浪癖がありましたからねえ」
「だが、正確な地図を作れるのは、案内人(ガイド)業の連中だけだろ? その地図が正確とは限らねーじゃねぇか。大体、道自体荒れ果ててるし、建物は無さげだし、野宿に疲れた小僧も約一名いるわけだし……」
ちらりとラリサはシドを見る。
「うん、僕もう野宿やだ。髪や服に虫が入ってくるし。あったかいお布団で寝たいよう。足だって痛いし、起きても疲れとれないし、体中バキバキになるし……」
シドが泣き声を上げる。
「何処でもいいから壁と屋根のあるところで、ふわふわのベッドでぐっすり眠りたいよぅ~」
「しかしこの地図は完璧な筈なんです! 私もこの地図を頼りに、ここを通ったことがあります!」
エステレルは引かない。
建物が無くても、道が荒れ果てていても、彼は地図を信じていた。
「見せてみろよ」
ラリサは地図をひったくり、そして、白目をむいた。
「こんな古い地図、役に立つかよ! 見てみろ、ここ! 『ヴェド』ってあるだろ! とっくに滅んだ小国の名前じゃねーか! お前いつこの地図使ったんだ!? ああん?」
「えー!」
「えーじゃねぇ! 現実を見ろ!!」
エステレルは何度も地図を見返した。森の形状は合っている。道もだ。
でも、確かに『ヴェド』と師匠の字で記載されていた。いつの間にか3人は、首都ヴェデリアに入っていたのだ。しかし、マトモな建物も無ければ、人の気配もない。
よくよく観察すると、あちこちに、建物の土台らしきものが朽ちて残っている状態だ。
ヴェド、人々が放棄した国。
今では御伽話にしか残されていない、魔鏡の産出国。
「取り合えず、雨風がしのげる建物を探そうよ。僕もう歩けないよ。お日様だって傾いてきているし、もう野宿はしたくないよ」
シドの言葉に頷き、ラリサはかつてヴェデリアと呼ばれた廃墟を歩き回った。
御伽話では、湖妖精の死とともに、湖が干上がったという話だ。
痕跡を探すと、それらしき場所が見つかった。しかし、勿論水は手に入らない。
「そう言えば……御伽話だと、ヴェドの国を預かるのは女王だよな。この国には男女差別なんて無かったんだろーな」
「無かったわけではありませんが、湖妖精の世話人として、女性が国のトップに据えられる形だったみたいですよ。執政は男性が行っていて、実質的にはお飾りの女王だったようですけれどね」
「……やけに詳しいな」
そりゃあ、滅亡前に来たことがありますし。
答えかけて、エステレルは口をつぐんだ。
次に来る質問が想定できたのだ。
『お前、年齢幾つだ?』
――ヴェドが滅んだのは数十周前だ。エステレルは余計なことは言うまいと心に誓った。
「そう言えば、ルヴィーエは見たことがあります? ヴェドで作られていた魔鏡のことですよ。今でもとても高価な貴重品として取引されています。水鏡みたいに写りが良くて、金持ちの女性には手放せない化粧道具なのだそうです」
「見たことねぇな。俺の鏡は金属板を磨いたやつだからな。すぐに曇っちまうし、手入れが面倒なんだ」
廃墟をきょろきょろしながら、ラリサは適当に相槌を打つ。
「あ、あそこに家が残ってる! あそこならベッド、あるかなあ?」
シドが一軒の屋敷を見つけた。
洋館的なイメージの、豪華な造りの建物だ。勿論、時の洗礼を受けてあちこちが傷んでいる。
だが、造りがしっかりしているためか、雨風は防げそうだった。
「今夜はあそこの建物に泊まろうよ。僕、オバケとか出たらラリサを守ってあげるよ」
まだ実際に怖い目に遭ったことがないがゆえに、シドは勇気百倍だ。
そこが、湖妖精ヴィーエが永く囚われ、地下にジューバル王子が生き埋めにされた館だとは知らずに、一行は足を踏み入れた。
傾きかけた太陽が3人の足元から、長い影を地面に落とす。
やがて3つの影は、建物の影と同化した。




