第4章 ラリサの見た夢
――アリシアちゃんはいい子だね。お母さんによく似ている。
あの声が響く。
ダメだ、これは、見てはならない夢だ。
――大きくなったら、叔父さんのお嫁さんになってくれないかな?
あいしゅ、おじたましゅきよ。とーたまより、ずっとしゅき。
――それは嬉しいねえ。でも暫く、遠くへ行っちゃうんだよね? お母さんと一緒に。
うん。かーたまと、しゃんばちゃんと、あいしゅ、べっしょーに行くの。
かーたま、あかちゃんうむのよ。あいしゅもいっぱい、てちゅだうの!
――それはおめでたい話だね。別荘はどこのを使うんだい?
あのね。おじたまだけよ。ないちょなんだから!
……見てはいけない夢。幼き日の過ち。消せない過去。
空間は反転し、赤一色に染まる。
――アリシアちゃんが教えてくれたから、ここの場所が分かったよ。有難う。
山みたいにそびえたつ男の影。
その手に握られているのは、真っ赤に染まった斧。
かーたま! かーたま!
泣いても叫んでも、返事はない。
――アリシアちゃんのお母さんは、本当はぼくの婚約者だったんだよ。兄さんに奪われて、子供を3人も作って、ぼくが何とも思わなかったとでも?
やめて、やめて、おじたま。かーたま、おねがい、お返事して。
ああ、あかちゃんが泣きだした。
ぷろあれあ。うまれたばかりのあいしゅのいもーと。
いもーとの泣き声がぴたっと止まった。おじたま、何かした。何か、こわいことした。
考えちゃいけない。
逃げなきゃ。
おじたま、いつものやさしいおじたまじゃ、ない。
――逃がさないよ。
おじたまはあいしゅのすぐ後ろに迫ってきていて、そして、斧を、勢いよく。
暗転。
見えるのは赤。真っ赤なスカート。
ぽたぽたと雫が落ちる音がする。
「ジューバル、責任をとりなさい」
ラリサのものではない女性の声が、館に響く。
「あなたの生き血で、妖精を生き返らせるのです」
ジューバルと呼ばれた少年は、シドより少し年上に見えた。
抱きかかえているのは、ミイラみたいにやせ細り、流木のようにも見える、老女。
死んだ老妖精に、幾ら若者の生き血を注いでも、息を吹き返すことなど無い。
バルテオであるラリサの知識が、そう告げている。
だが、彼女が今、入り込んでいる体の主は、そうは思っていないようだった。
妖精が生き返ることだけを願い、王子の、我が子の命は、それより明らかに軽かった。
ラリサの体が勝手に動く。
手にした剣をジューバルに向かって振り下ろす。
急所を外しているのは明らかだった。
返り血が、白かったスカートを、更に赤く染めていく。
「こんなことをしても、母上、もう妖精は生きていない、生き返らない……!」
「あなたが殺したのです。ジューバル。責任を取りなさい。これはこの国最大の有事なのです」
湖妖精は、「いつか館から解放する」という偽の約束を信じ続け、魔鏡を作り続けた。
人間が何世代も交代するくらい、長い間、約束を信じ続けた。
偶然ヴィーエを見つけたジューバルが「それはきっと嘘だよ」と打ち明けた時、既に瀕死だった湖妖精は、ショックで息を引き取った。
ジューバルがヴィーエを殺した。そう言われてしまえば、そうだった。
妖精は若者の生き血で蘇ると信じていた女王は、再び剣をふるった。
やめろ……。
ラリサは女王の体にブレーキをかけようとしたが、夢ゆえか、なす術がなかった。
我が子めがけて剣をふるう女王が、幼い自分に向けて斧を振るう叔父に重なる。
やめろ……この夢は見たくない。
ジューバル、ヴィーエ、どちらが俺に、夢を見せている?
ラリサの意識が突然飛んで、今度はジューバルの体に入り込む。
実の母に体を切り刻まれ、湖妖精の亡骸と共に、生き埋めにされる夢が始まろうとしていた。
やめろ。よせ。これ以上悪夢を見せるんじゃねえ。
俺の中に入ってくるな!
ラリサは再び、小さな子供の姿をしていた。
悪夢は、叔父に殺されかけた、幼少期のあの事件に巻き戻る。
実の母を、生後1週間の妹を、馴染みの産婆を、叔父に殺された。
自分も死んだと思っていた。
どうやって助かったのかはわからない。
しかし、彼女がバルテオの養成機関に入る切欠は、あの事件だった。
彼女は頭に残った傷跡を隠すため、髪を斜め後ろの位置で常に結って、隠していた。
いつか、バルテオの中でも最高ランクに昇格して、父を叔父から守る近衛になりたかった。
父も叔父もまだ健在だ。兄だって生きている。早く、早く昇格しないと。実績を積まないと。
夢は終わらない。
終わってくれない。
『ルヴィーエの悪夢に囚われた時は、私を使って逃れてください』
エステレルから借りた指輪が、直接脳内に語りかけてきた。ラリサは指輪に意識を集中し、夢から醒めることだけを念じた。
ぱっちりと、目が開いた。
朽ちた暗い天井が視界に入る。
現実に戻ったのだ。
いつの間に全力で噛みしめていたのか、唇が少し切れていた。




