1558年11月 朝倉家攻略
北陸から本願寺を一掃することができた。次は、織田家を攻めよう。
織田家に畿内を先に制圧されるとこちらでは太刀打ちできない。
そう考えると織田家の勢力拡大は危険、兵力が互角な内に潰したい。
先に、朝倉家を倒すという方法もある。 朝倉家は本願寺攻略のため、友好的な関係を築いて来た。
それをすぐに壊すことはないだろう。それに、朝倉家はいつでも倒せる。
朝倉家は織田家を攻める場合に、同盟も組める利点がある。逆に朝倉を倒す場合は織田家の動きも注意しないといけない。朝倉家の攻略は後に回すことにする。
朝倉家と同盟。武田家にも岐阜城攻略の援軍を要請する。これで勝負にでる。
岐阜城に攻めると、織田家の各城から兵がでる。織田家の支配する地域、尾張と美濃。つまり濃尾平野は城が多く、すぐに兵を動員できるようだ。
岐阜城付近で戦闘が始まった。後詰を含めると兵は互角だ。均衡が続くと思ったが、違った。織田家は将がいい。
織田信長を初めとした著名武将が多い、正直勝負にならないい。
岐阜城の西に武田家と戦闘を始まり、二正面で戦ってるのに、まだ余裕そうだ。
このまま続けても勝てるのか。 いや持久戦に持ってくれば勝てるか。
しかし、兵站の面でもこちらは負けている。距離が遠いし、飛騨を通らないといけない。飛騨はあまり整備ができない山道しかない。
対する織田家は各城が近い上、道もよく整備がされている。とうぜん兵の集まりが早くなり、兵の補充がすぐにできる。
あきらることにする。前の本願寺戦の攻略失敗という遅れもあり、織田家攻略前にリセットする。
織田家攻略の方針を変える。
先に朝倉家を倒し、朝倉がいる琵琶湖側と飛騨側で織田家を挟み内にすることにする。
そうと決まれば朝倉へ出陣しよう。時間との勝負だ。織田家の勢力が畿内に伸びる前に倒したい。
出陣する前にした内政についても話しておこう。1557年5月に飛騨の山奥、帰雲に築城を開始する。
前回、開発ができない牧野に築城するという失敗した。正直、飛騨に城を作るのに躊躇する。
織田家攻略時を考えると飛騨に兵力が多ければ多い方がいい。織田家が進行してきた時の防衛にも役に立つ。
もう一度、築城に挑戦することにした。
問題はどこに建てればいいのか。牧野の二の舞は避けたい。
そう考えながら、飛騨を見ていると帰雲という地名を見つけた。ピンと来た。
城にはあまり詳しくない自分だがすぐにわかった。帰雲城だ。
ここなら、開発ができるだろう埋蔵金で有名だし、そう思い築城を開始した。
帰雲城を調べると、「かえりくもじょう」という。今までは恥ずかしながら「きうんじょう」だとずっと思っていた。
帰雲城は内ヶ島氏の居城だった。しかし、天正地震が起こり城が一族ごと土砂に消える。
結果、現在は城にあった金が地中深くに埋まっているという伝説ができた。
埋蔵金に関する本はたくさんでているで読んでみるといいかもしれない。
朝倉家に戻ろうか、朝倉家は越前の国人から発展し戦国大名になった。
中でも、朝倉宗滴は3代の朝倉家当主を補佐し、朝倉家の力を拡大させた。
九頭竜川の戦いでは30万を越える一向一揆衆に1万1000人ほどで挑み勝利をするほど武勇に優れている。
ゲームでは本願寺の援軍として神保家と戦い苦しめられたが、亡くなってしまった。
他の有力武将に真柄直隆がいる。講談、軍記物にも登場する比較的有名な人です。
175センチの太郎太刀を振り回し活躍した。
1557年5月に朝倉進行を始める。
まずは一番近い支城、朝倉山城へ向かう。
敵を撃破し、包囲に取り掛かると、近くの勝山城から朝倉影鷹が出る。
朝倉影鷹の足を止めために、兵を差し向ける。このまま進むと挟み撃ちにされそうだからだ、もちろん朝倉山城の包囲を邪魔されたくないのもある。
1557年9月に朝倉山城を制圧する。
勝山城から出た朝倉影鷹を撃退し、そのまま1557年12月に勝山城を制圧した。
ここまで来ると、朝倉の抵抗能力はなく、本城の一乗谷城を皮切り次々と制圧していった。
1558年3月一乗谷城を制圧
1558年5月杣山城を制圧
1556年5月金ヶ崎城を制圧
金ヶ崎城を制圧したところで、朝倉家は滅亡する。
勝因は朝倉家の周りに有力大名がいない。当然、周辺の大名から援軍がこない。
楽に攻略できた。
朝倉攻略後、隣の若狭武田家へ進行した。
若狭武田家は本城の後瀬山城しか所有していない弱小大名だ。
従属させることもできたが、織田家と戦うことを考えると兵が多い方がいい。今回は攻め滅ぼすことにした。
1558年11月に若狭武田家が織田家と同盟を結ぶ。丁度その月に神保家が後瀬山城を制圧し、若狭武田家が滅亡する。これで、織田家と戦う準備ができた。織田家との決戦は近い。
一方、織田家は同じ1558年11月六角家の本城、観音寺城とそのすぐ下の支城の音羽城を制圧する。
琵琶湖南部まで、勢力を拡大してきた。
登用した武将をたまたまメモしていたので晒そう。
■朝倉家
朝倉影紀
朝倉影隆
前波吉継
山崎吉家
堀江影忠
朝倉影鏡
朝倉影健
河合吉統
真柄直隆
朝倉義影
魚住影固
神戸具盛
阿閉貞征
■若狭武田家
栗屋勝久
栗屋光若
武田義統
武田信豊
新庄直頼




