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第八話 異世界監察官ナーロウ対異世界監察官ナーロウ

 第八話 異世界監察官ナーロウ対異世界監察官ナーロウ


 俺の名前はナーロウ。


 上位世界監察局所属監察官。


 元女性。


 現在男性アバター運用中。


 最近になってようやく気付いたことがある。


 なろう系ジャンルより怖いものは。


 過去の自分である。


 きっかけは些細だった。


 スローライフ圏接近中という不穏な文字が空いっぱいに浮かび上がった直後、世界そのものが激しく揺れ始め、攻略対象再編成委員会主任が胃薬を一気に三錠飲み始め、ルイーザが学園時代以来の絶望顔を見せ、野菜勇者の薫が畑を耕し始め、マンドゴラがその畑に埋まり始めたからである。


「最後の奴なんだよ」


「温泉みたいで気持ちいい」


「大根だからだろ」


「マンドゴラだ」


「もういいよ」


 その時だった。


 俺の監察官端末が警報を鳴らした。


 ブォォォォォォン。


 ブォォォォォォン。


 赤ランプ。


 緊急表示。


 監察局特級案件。


 時系列崩壊警告。


「嫌な予感しかしねえ」


 画面を確認する。


 すると。


 表示された文字を見て。


 俺は固まった。


 時空観測局より通達。


 過去時間軸より監察官個体接近。


「は?」


 次の瞬間。


 空が割れた。


 雷が走る。


 次元が捻れる。


 世界中のなろうタイトルが渦を巻く。


 追放。


 ざまぁ。


 悪役令嬢。


 ダンジョン配信。


 勘違い。


 無自覚最強。


 全部が混ざる。


 そして。


 裂け目の中から一人の女性が現れた。


 黒い監察官制服。


 長い黒髪。


 鋭い目。


 男性化前の俺。


 つまり。


 異世界監察官ナーロウ。


 初代。


 オリジナル。


 女性版。


「お前ぇぇぇぇぇぇ!?」


 向こうも俺を見た。


 数秒沈黙。


 さらに数秒沈黙。


 そして。


「誰よその量産型主人公みたいな見た目」


「第一声がそれかよ!」


「なにその黒髪」


「普通だろ!」


「なにその身長」


「普通だろ!」


「なにその鈍感主人公みたいな顔」


「偏見が強い!」


 ルイーザが呟く。


「お知り合いですの」


「俺だ」


「俺です」


「怖いですわ」


 まあそうだろう。


 俺も怖い。


 だが問題はそこではない。


 問題は。


 女性版ナーロウが俺を見ながら。


 本気で嫌そうな顔をしていることだった。


「信じられない」


「だから何が」


「転生して男主人公になったの?」


「仕事だからな」


「魂売ったの?」


「言い方!」


 女性版ナーロウは頭を抱えた。


「昔の私なら絶対選ばないわ」


「時代だよ」


「うわ出た」


「何だよ」


「時代のせいにするやつ」


「事実だろ!」


 そして。


 その一言が。


 討論開始の合図になった。


 女性版ナーロウが腕を組む。


「じゃあ聞くけど」


「なんだ」


「最近のなろう系って主人公強すぎない?」


「昔も強かっただろ」


「今はもっと強いわよ」


「まあ」


「努力描写減ってない?」


「ジャンルによる」


「最初から最強増えたわよね」


「増えたな」


 周囲が静まり返る。


 薫も聞いている。


 ルイーザも聞いている。


 主任までメモを取り始めた。


 女性版ナーロウは続ける。


「昔は異世界転生そのものが珍しかった」


「そうだな」


「転生するだけでネタになった」


「そうだな」


「異世界で生きること自体がテーマだった」


「そうだ」


 そこで。


 今度は俺が反論した。


「でも読者が求めるものは変わる」


「変わるわね」


「テンプレが増えたから差別化も進んだ」


「それは認める」


「無自覚最強も追放も悪役令嬢も配信も」


「うん」


「全部読者が面白いと思ったから広がったんだろ」


 女性版ナーロウは少し黙った。


 それから頷く。


「まあそれも分かる」


「だろ」


「でも最近の読者って結果を求める速度が速いわ」


「それも事実だな」


「序盤から面白くないと読まれない」


「そうだな」


「だから作者も一話から全力」


「そうだな」


「追放される」


「うん」


「ざまぁする」


「うん」


「SSSランク」


「うん」


「国王が土下座」


「早いんだよ!」


 薫が吹き出した。


 ルイーザも笑っていた。


 だが。


 ここから討論は意外な方向へ向かった。


 女性版ナーロウが真面目な顔になる。


「でもね」


「うん」


「私は最近の作品を否定する気もないの」


「ほう」


「結局」


 彼女は空を見上げた。


 無数のタイトルが流れている。


 無数の物語が生まれている。


 無数の主人公が旅をしている。


「時代ごとに面白さの形が違うだけ」


「それな」


「転生が流行った理由もある」


「うん」


「追放が流行った理由もある」


「うん」


「悪役令嬢も配信も勘違いも全部そう」


「だな」


 俺も同意した。


 監察官として。


 数え切れない作品を見てきた。


 流行には必ず理由がある。


 そして。


 面白いから流行る。


 結局はそこだ。


 その時。


 空間が再び揺れた。


 監察局の警報が鳴る。


 主任が青ざめる。


「まずい」


「次は何だ」


「来ます」


「何が」


 主任が震えながら言った。


「全部です」


「は?」


 空に巨大な黒い影が現れた。


 追放タグ。


 悪役令嬢タグ。


 配信タグ。


 スローライフタグ。


 ざまぁタグ。


 無自覚最強タグ。


 掲示板タグ。


 全部を取り込んだ漆黒の怪物。


 女性版ナーロウと俺が同時に呟く。


「なんだあれ」


 主任の顔から血の気が引いていた。


「監察局記録にもありません」


「初めてか」


「はい」


 怪物がゆっくりと口を開く。


 世界中のランキングが震える。


 タグが震える。


 タイトルが震える。


 そして怪物は名乗った。


「我は」


 空が裂ける。


 次元が揺れる。


「流行融合体」


 沈黙。


「全部盛りだ」


「雑ぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 俺と女性版ナーロウのツッコミが完全に重なった。

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