第五話 掲示板世界はだいたい住民が強い
第五話 掲示板世界はだいたい住民が強い
俺の名前はナーロウ。
上位世界監察局所属監察官。
主任観察官補佐代理代行。
最近の仕事は流行ジャンルの現地調査。
最近の悩みは現地調査のたびに正気度が下がること。
そして今。
俺は掲示板世界の入口に立っていた。
目の前には巨大な門。
石造りではない。
鉄でもない。
木でもない。
文字だった。
無数の文字。
無数の書き込み。
無数のスレッド。
門そのものがコメント群で構成されている。
「嫌な予感しかしねえ」
隣ではルイーザが青ざめていた。
「監察局はなぜこの世界を危険指定しているのですの」
「理由はいくつかある」
「例えば」
「住民が何でも知ってる」
「怖いですわね」
「しかも大体当たる」
「もっと怖いですわね」
その時。
門に書かれていた文字が突然動いた。
「もう情報漏れてる!」
「掲示板ですもの」
「便利な万能説明やめろ」
門が開く。
中へ入る。
そして俺は絶句した。
街だった。
巨大な掲示板都市だった。
建物がスレッド。
道路がレス。
広場がまとめサイト。
住民全員が匿名。
顔がない。
みんな吹き出しで会話している。
「ホラーだろ」
すると住民達が俺を囲んだ。
「違うよ!?」
「本人なんだけど!」
ルイーザが小声で聞いてくる。
「なぜ話が通じないんですの」
「通じてる」
「通じてますの?」
「わざとだ」
「厄介ですわね」
その時。
街中に鐘が鳴り響いた。
ゴォォォォン。
ゴォォォォン。
住民達がざわつき始める。
「何がだよ」
次の瞬間。
空に巨大なスレッドが出現した。
ものすごく大きい。
雲を突き抜けるくらい大きい。
タイトルが表示される。
とある勇者パーティ、終わる
「絶対ろくでもねえ!」
閲覧数が爆発的に増える。
コメントが流れる。
読めない。
速すぎる。
「草しかない!」
ルイーザも見上げている。
「何が起きていますの」
すると後ろから声がした。
「観察対象です」
振り返る。
いた。
攻略対象再編成委員会主任。
相変わらず疲れた顔。
相変わらず嫌なタイミングで出てくる。
「またお前か」
「また私です」
「仕事しろ」
「仕事です」
「本当に嫌だな」
主任は巨大スレッドを指差した。
「掲示板文化の特徴はなんだと思いますか」
「匿名性」
「正解です」
珍しく素直だった。
主任が続ける。
「配信文化が配信者中心なら」
「うん」
「掲示板文化は観察者中心です」
「なるほど」
それは確かにそうだった。
配信では配信者が主役。
だが掲示板では。
情報を見ている側が楽しむ。
コメントを書く側が楽しむ。
考察する側が楽しむ。
そして。
みんなで盛り上がる。
そこに独特の面白さがある。
その時だった。
空中スレッドが更新された。
「また追放かよ」
「知ってた」
「知ってた」
「知ってた!」
コメント欄。
「お前ら全員未来視持ちなのか」
「データ分析だった!」
俺は少し感心した。
実際。
テンプレートというものは悪いものではない。
繰り返し使われるには理由がある。
読者が期待する。
作者が工夫する。
その積み重ねで形が洗練される。
掲示板住民達はその変化を誰よりも観察していた。
だから展開を予想できる。
だから予想を外されると盛り上がる。
なるほど。
面白い。
非常に面白い。
そう思った瞬間だった。
警報。
ブオォォォォォォ!
都市全体が揺れる。
住民達が騒ぎ始める。
「何が来るんだ」
主任の顔も青ざめていた。
「まずいですね」
「何が」
「流行変動です」
「何それ」
空が裂けた。
世界が震える。
巨大な影が現れる。
とてつもなく巨大。
山より大きい。
都市より大きい。
そいつの身体は無数の文字で構成されていた。
タイトル。
タグ。
あらすじ。
広告。
ランキング。
全部混ざっている。
「なんだあれ」
主任が呟く。
「流行そのものです」
「でけぇな」
「半年前は存在しなかった怪物です」
「怖ぇな」
怪物がゆっくりと口を開く。
その声は世界中へ響いた。
「次の流行を告げる」
住民達が固唾を飲む。
俺も飲む。
ルイーザも飲む。
主任だけ胃薬を飲んだ。
そして怪物は言った。
「無自覚最強の時代が来る」
沈黙。
数秒後。
掲示板世界が爆発した。
「喜ぶんかい!」
空には巨大な文字が浮かぶ。
次回。
無自覚最強診断センター。
俺は思った。
監察局はこの世界を危険指定しているが、本当の危険は住民の適応力かもしれない。




