↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ=無能と追放された転生領主、辺境でだけ開花する【領地創造】チートで最果ての村を立て直す  作者: 夜凪レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/81

第75話:薪の値が、倍になった

 霜は、あの朝から三日おきに降りるようになった。


 降りるたびに、畑の白と黒の境目は同じ場所に引かれた。湯が届いている範囲と、届いていない範囲。それだけの違いが、毎朝はっきりと地面に描かれる。


 ベルナ・カルドは、あの日、畑を四半刻ほど見ていた。


 俺に何かを訊くでもなく、村の者に声をかけるでもなく、ただ畦を端から端まで歩いた。それから馬に戻って、「考えます」とだけ言って帰った。


「怒って帰ったんじゃない?」


 ステラが見送りながら言った。


「怒ってはいないだろう。あれは、勘定してる顔だ」


「何を」


「自分が三年やってきたことと、俺が二十日でやったことを、並べてる」


 それは、決して気分のいい勘定ではない。


***


 次にやることは決まっていた。


 湯路を、村の下まで延ばす。


 いま湯が届いているのは、炉ノ村と、その先の畑一枚だけだ。霜ノ辻までは千歩、下ノ瀬まではさらに千五百歩ある。


 途中に詰まりが四か所。崩れが二か所。そのうち一か所は、樋そのものが谷の崩落で失われている。


 石を割って、運んで、据える。粘土で目張りをする。人手はある。冬に向けて畑の仕事が終わりつつあるから、男たちは手が空いている。


 足りないのは道具だった。


 鶴嘴の刃が三本欠けた。鏝が二本折れた。縄はいくらあっても足りない。


 俺とステラは、ハーレンへ買い出しに下りた。


 市に着いて、最初に見たのは薪の山だった。


 値札の数字が変わっていた。


「二十枚」


 ステラが低い声で言った。


「十日前は十枚だったよ」


 薪の山の前に、人が固まっていた。買っている者はほとんどいない。値札を見て、しばらく立って、離れていく。


 その脇を、荷車が通っていった。積んであるのは麦の袋だ。青地に白い天秤の旗が、車の側面に立っている。


「麦は」


 俺は麦の値を見に行った。


 こちらも上がっていた。一石で銀貨十二枚。相場が十枚前後だから、二割増しだ。薪ほど露骨ではないが、上がっている。


「冬前だから、って言い訳が立つ上げ方だね」


 ステラが顎で示した。


「薪のほうは言い訳が立たない。二倍は、事故か、意思のどっちかだよ」


 薪の山の前で、一人の女が銅貨を数えていた。


 三度数えて、二束を一束に減らした。一束を抱えて、荷紐で背に括って、歩いていった。背中が小さくなるまで、俺は見ていた。


 ここで薪を二倍にするというのは、あの女の家の火を、この冬のあいだ半分にするということだ。


 値というのは数字だが、数字は最後には誰かの体温になる。


「谷の話は、もう町まで来てるかもね」


 ステラが低い声で言った。


「湯路の話が」


「畑が一枚黒かったなんて、隠しようがないでしょ。町の連中は面白がってるだけだろうけど、面白がらない人間が一人はいる」


***


 道具屋で鶴嘴を買おうとして、断られた。


「品が無い」


 店主は目を合わせずに言った。棚には並んでいる。


「そこにありますが」


「あれは、注文が入っとる」


「三本とも」


「三本ともだ」


 俺は引き下がった。店主が悪いのではない。この町の道具は、外から入ってくる。入れる者が一軒しかない土地で、その一軒に睨まれたら、店は畳むしかない。


 市を出たところで、声をかけられた。


「フェーンさん」


 振り返ると、恰幅のいい男が立っていた。


 五十を少し過ぎたくらいだろう。外套の裏地が上等で、手には何も持っていない。荷を自分で持たない人間の立ち方をしていた。


「ドルガ商会の、グレイド・ドルガと申します」


 俺は名乗り返した。


「お顔は存じておりました」


 ドルガは丁寧に頭を下げた。


「東で、ずいぶんな仕事をなさった。セルヴァ盆地。二十年前に王国が地図から消した土地から、麦が出た。あれで、わたくしの商いは半分になりました」


「あなたが損をしたのは、俺のせいではない」


「ええ、まったく」


 彼はにこやかに頷いた。


「土地が直っただけです。誰も悪くない。悪くないから、こちらは文句の持って行き先が無い。ああいうのが、いちばん腹が立ちますな」


 言葉つきは終始やわらかい。目だけが笑っていなかった。


「北へ移られたと聞きました」


「移りましたとも。冷えた土地は、商人にとってはありがたい土地です」


 彼はあっさりと言った。


「作れないものを運んで売る。それがわたくしの商いです。この谷は麦も薪も自前では足りない。二十年、そうでした」


「薪は」


 俺は市の方を振り返った。


「山に木は生えている」


「生えております。切り出す者と、割る者と、運ぶ者が要るだけで」


 ドルガは指を三本立てた。


「その三つを、わたくしが全部押さえているだけの話です。悪事ではない。誰にでもできた。誰もやらなかったので、わたくしがやりました」


 そのとおりだった。


 彼のやっていることは、どこも法に触れていない。二十年かけて、この土地の「外から入るもの」を一本の管に集めただけだ。


 その管の栓を、いま彼は握っている。


「補填金の荷も、あなたが」


「運ばせていただいております」


「額は決まっていて、中身は決まっていない」


 ドルガの笑みが、少しだけ薄くなった。


「よくご存じで」


「行政官でしたので」


「なるほど」


 彼は外套の襟を直した。


「では、行政官らしくお考えください、フェーンさん。この谷が温まったら、わたくしの薪は売れなくなる。麦も要らなくなる。補填の荷も止まる」


「そうなりますね」


「わたくしは、それを止めはしません」


 彼は本当に、止める素振りを見せなかった。


「止める必要が無いからです。冬は勝手に来る。あなたは道具が買えない。石は重い。人は寒がりです」


 ドルガは一歩下がって、丁寧に礼をした。


「凍えたければ、勝手に掘っていらっしゃい」


 彼は市の人混みへ戻っていった。


 誰も道を空けなかったし、誰も避けもしなかった。町の人間にとって、彼は嫌われ者ですらないのだと分かった。麦を持ってくる人。薪を持ってくる人。それ以上でも以下でもない。


 俺は、盆地でカセルという男に会ったときのことを思い出していた。


 あの男は制度で語った。二十年その裁定を執行してきた誇りがあって、だから折れたときに崩れた。


 ドルガは違う。彼には守るべき裁定が無い。あるのは帳簿だけだ。帳簿は、負けても崩れない。数字を書き直して、次の土地へ行くだけだ。


 厄介な相手だと思った。憎めるところが、ひとつも無い。


***


 帰り道、荷車は空に近かった。


 縄だけは買えた。粘土は川で採れる。鶴嘴の代わりに、村の鍛冶が古い斧を打ち直してくれるという。


「値で殴り返すのは無理だよ」


 ステラが歩きながら言った。


「あたしが東から品を回すにしても、この時期に山道を越える隊商は組めない。組めても、向こうが値を下げたら終わり。あっちのほうが荷を持ってるんだから」


「殴り返さない」


「じゃあどうすんの」


「要らなくする」


 俺は前を見たまま言った。


「あの人が売っているのは薪だ。薪は熱を作るために買う。熱がよそから来るなら、薪は要らない」


 ステラが数歩、黙って歩いた。


「湯路が下ノ瀬まで届いたら」


「三つの村の家に、湯が入る。囲炉裏に入れる薪の量が減る」


「減るだけ?」


「減るだけだ。ゼロにはならない。飯は炊かなきゃいけないからな」


 それでも十分だ、と俺は思っていた。


 商いというのは、売れ残りに弱い。冬の薪は、冬にしか売れない。


「間に合う?」


 ステラが訊いた。


「二千五百歩を、二十五日で」


「間に合わせる」


 言いながら、頭の中で日数を割っていた。


 一日に百歩。詰まりを抜きながらで百歩は、正直に言えば無理な数字だ。人を増やすか、掘る場所を減らすか、どちらかを選ぶことになる。


 減らせるとしたら、下ノ瀬だ。いちばん遠くて、いちばん人が少ない。


 そこまで考えて、俺は自分の勘定を止めた。


 二十年、この谷の人間は、足りない湯を石にして分け合ってきた。その決まりの中で、いちばん端の村を後回しにするのは、たぶん、この土地でいちばんやってはいけないことだ。


「全部やる」


「ほら来た」


 ステラが笑った。呆れた笑い方ではなかった。

お読みいただきありがとうございます。


グレイド・ドルガは第2部で名前だけ出ていた人で、ここで初めて顔を出しました。彼は法に触れることを何ひとつしていません。悪人を書くとき、いちばん厄介なのはこの型だと思っています。


次回は、視点が変わります。三年間、館の中で何を見ていたのか。若い領主の側の話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。