↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ=無能と追放された転生領主、辺境でだけ開花する【領地創造】チートで最果ての村を立て直す  作者: 夜凪レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/79

第60話:影は、今日は問わない

 朝、街道に轍が四本ついていた。


 昨日は二本だった。荷車の数が増えている。土の道は雨が降れば泥になるが、今のところ空は乾いている。


「行ってくる」


 ステラが馬の腹帯を締めながら言った。


「ラントで捌ききれない分を、もっと西へ流す。宿場を三つ越えれば、値のつき方が変わるから」


「西のどこまで行く」


「言わない。あんた、行き先を聞くと心配するから」


「心配はする」


「するな、とは言ってないよ」


 ステラは笑って、荷車の列を先導していった。


 東へ向かう荷が四台。空の樽が三つ。二十年前まではこの道を毎日、麦の車が通っていたのだと、ヨナが言っていた。


 俺は轍を見送って、それから二枚目の畑へ回った。水口の板が一枚、水圧に負けて反っていた。


 直せる不具合というのは、いいものだ。原因が見えて、手順が決まっていて、直せば終わる。


 板を外して削り直していると、ダンが土手の上から声をかけてきた。三枚目の畑の畦が崩れたという。俺は水口の板を嵌めて、そちらへ歩いた。


 その日の仕事は、それで終わりだった。盆地に来てから、いちばん静かな一日だった。


 こういう日は、たいてい何かが来る。ルーナ領で覚えたことのひとつだ。


***


 その夜、ガルドが焚き火から立ち上がった。


 立ち上がっただけで、剣は抜かなかった。抜けないと分かっている相手のときの動き方だ。


「客だ、領主さま」


 俺は火の向こうを見た。


 白原の縁、月と影の境目に、男が一人立っていた。


 黒い外套。輪郭が夜に溶けている。近づいてくる足音が、地面を鳴らさなかった。


「ゾルガ・ブライト」


 俺は名前を呼んだ。


「久しぶりだな、アルト・フェーン」


 黒翼戦団の長は、火の手前で足を止めた。ミリアが立ち上がろうとしたのを、俺は手で制した。


 最後に会ったのは、ルーナ領の丘の上だ。あのとき、この男は王都軍と睨み合ったまま退いた。掌を返して味方になるでもなく、追い討ちをかけるでもなく、ただ引いた。


「どうやってここが分かった」


「消された土地に麦が実れば、影のほうが先に気づく。役所より鼻が利くんでな」


「戦団を連れてきたか」


「俺一人だ」


 ゾルガは焚き火の光の届く縁に腰を下ろした。膝に肘を置いて、盆地の夜を眺める格好になった。


 その姿勢は、戦いに来た男のものではなかった。


「水路を通したな」


「ああ」


「街道もか」


「石はまだ敷けてない」


「大したもんだ」


 彼はそれきり黙って、水路の音を聞いていた。


 ガルドがちらりと俺を見る。俺は首を横に振った。


「――で」


 俺のほうから切り出した。


「あんた、次に会うときは選択を迫ると言ってたな」


「言った」


「今日か」


「いいや」


 ゾルガは即答した。


「今日は問わない」


 焚き火が爆ぜた。ミリアが小さく息を吐いたのが、隣で分かった。


「なぜだ」


「土を直してる最中の男に問うても、答えが変わらんからだ」


 彼はようやくこちらを向いた。


「今のお前に『どちらにつくか』と聞けば、お前は『畑の水口が反ってるから後にしてくれ』と言うだろう。それは答えじゃない。だが嘘でもない。嘘でない答えを潰して聞き出すほど、俺は急いでいない」


「……随分な言われようだな」


「褒めてる」


 ゾルガは低く笑った。


「二十年放っておかれた土地に手を突っ込んで、六十日で数字を出した男に、思想を聞いても仕方がない。お前は今、王都の側にも俺たちの側にもいない。土の側にいる」


 俺は答えなかった。


 否定する言葉が、一つも浮かばなかったからだ。


 王都に捨てられた男が王都の側に立てるはずもなく、かといって影の連中と組んで何かを壊したいわけでもない。俺がこの半年で本気になったのは、塩の抜けた土と、走り出した水だけだ。


 それが立場と呼べるものなのかは、まだ分からない。


***


 ミリアが、湯を沸かして椀を出した。


 ゾルガは礼を言って受け取り、一口飲んで、それからミリアを見た。


「光が濃くなったな、巫女」


「……そう、でしょうか」


「戦えるようになったかは知らん。だが、濃い」


 彼は椀を火に近づけた。


「アルト・フェーン。俺は前に、巫女を鍛えろと言った」


「言われた。意味は分からないままだ」


「今日はそれを一つだけ置いていく」


 ゾルガは白原を指した。まだらに黒く戻り始めた、夜の土だ。


「なぜお前の土地で、この娘の光が効く。傷を癒す力が、なぜ土に効く。おかしいと思わなかったか」


「思った」


 実際、何度も思った。ミリアの癒光は人のためのものだ。それが一の畑では、土の中の生き物を戻し、水の中に何かを増やした。


「《創造領主》と《光の巫女》は、対だ」


 ゾルガは言った。


「片方が土地を作り、片方がそこに生きるものを照らす。二つで一つの仕事だと、俺の一族には伝わっている。だからお前の力は土を作れても、作った土を生かせない」


「……だから、鍛えろと」


「そういうことだ。剣を持たせろとは言ってない」


 ミリアが、自分の掌を見下ろしていた。


「わたしの光は」


 彼女は言った。


「アルトさまの土地でだけ、よく効きます。ずっと不思議でした」


「不思議じゃない。仕事の分担だ」


 ゾルガは椀を置いた。


 俺は少し考えてから、聞いた。


「あの白い仮面のことも、あんたは知ってるのか」


 男の目が、わずかに動いた。


「知らん」


「一つも?」


「あれが何者で、何をしに来たのか、俺は知らん。分かっているのは、あれがお前を迎えに来たと言って、それでも連れて行かなかったということだけだ」


 ゾルガは肩をすくめた。


「その理由を知っているなら、俺は今ごろこんな辺境の焚き火に座っていない」


 嘘には聞こえなかった。


 この男は分からないことを分からないと言う。それは、俺が最近になってようやくできるようになったことだ。


 焚き火が一段低くなった。ミリアが枝を足す。火の粉が上がって、白原の暗がりに吸い込まれていった。


 ゾルガは立ち上がった。


「長居はしない」


「もう行くのか」


「王都が動き始めた。お前の麦が市場に出たせいだ」


 彼は外套の襟を直した。


「言っておく。次に来る奴は、剣を持っていない。紙を持っている。俺の見立てでは、そっちのほうが厄介だ」


「忠告か」


「土産だ。湯の礼にしては安いがな」


 ゾルガは白原のほうへ二歩下がって、そこで足を止めた。


「アルト・フェーン。いつかは問う。だが、今日ではない」


「……ああ」


「畑を、増やしておけ」


 それだけ言って、彼は影に戻っていった。


 足音は最後まで鳴らなかった。


 ガルドが盛大に息を吐いて、腰を下ろした。


「なんだったんだ、あれは」


「様子を見に来たんだろ」


「見に来て、湯だけ飲んで帰ったのか」


「畑を増やせと言われた」


「じゃあ増やすしかねえな」


 ガルドは酒を注ぎ足した。この男の結論はいつも早い。


***


 ステラが戻ってきたのは、二日後の昼だった。


 馬から降りるなり、彼女は水も飲まずに言った。


「領主さま。西の宿場で、麦の値が動いてる」


「上がったのか」


「下がった」


 ステラは指を二本立てた。


「二割。この時期に下がる年じゃないんだよ。誰も彼も、輸入の船待ちで値を吊り上げる季節なんだから」


 麦の値が下がるということは、市場に麦が余っているということだ。王都で、俺は毎月その表を見ていた。値は嘘をつかない。人の口より正直に、物の量を写す。


 俺は轍のついた街道を振り返った。


 四台の荷車が出しただけの麦だ。盆地の外へ出た量など、王都から見れば塵に等しい。


 それでも、値は動いた。


「王都は」


 俺は聞いた。


「王都の値は、どうなってる」


「まだ動いてない」


 ステラは、そこで初めて声を落とした。


「――でも、動くよ。あれは動く」

お読みいただきありがとうございます。


「選択を迫る」と予告した相手が、迫らずに帰る回でした。人に何かを問うには、その人が問いを受け取れる場所に立っている必要があります。今日のアルトは、水口の板が反っている側の人間でした。


答えを先延ばしにするのは、逃げではなく段取りのこともある――今回の話が置いていったのは、たぶんそういう問いです。


次回、盆地から遠く離れた王都で、一人の男が机の上の数字を見ています。彼は二十年前、この土地を消すと決めた人です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。