↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ=無能と追放された転生領主、辺境でだけ開花する【領地創造】チートで最果ての村を立て直す  作者: 夜凪レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/78

第51話:「無いはずの土地」から、荷が出た ステラ視点

 石村の広場に、麦の袋が並んでいる。


 二十年ぶりの収穫だ。一の畑五反から穫れたのは二十石。数字にすれば、ラントの市場の隅で半日も転がっていそうな量でしかない。


 それでも、袋の口を縛る手つきは誰も雑じゃなかった。ヨナなんて、袋を撫でてから縛っていた。


「五石だけ、外へ出す」


 領主さまがそう言った。


「待ってくれ、領主さま」


 ヨナが袋を抱えるようにした。


「種籾に残さんと」


「十五石残す。種は足りる」


「そうじゃのうて――」


 老人は言いかけて、口をつぐんだ。言いたいことは分かる。あたしにも分かるし、たぶんここにいる十七人全員に分かっている。


 昨日ダンが言ったやつだ。よそに知られたら、どうなる。


「金が要る」


 領主さまは言った。


「鍬も鎌も足りない。塩を抜くには麻布も要る。冬までに屋根を直す釘もない。全部、外から買うしかない」


「……知られるぞ」


「知られる」


 あっさり認めた。そういう人なのだ、この人は。


「隠し通せる期間を、少しでも長く買う。それがステラの仕事だ」


 名指しされて、あたしは肩をすくめた。


「重いんですけど、その仕事」


「重い」


「そこは嘘でも軽いって言うとこでしょ」


 でもまあ、悪い気はしなかった。


 あたしは頭の中で算盤を弾いた。麦五石。売り値が立てば、鍬が四本、鎌が六丁、麻布が二反、釘が一箱。それで足りるかというと、まるで足りない。


「アルト。冬までに要るもの、全部書いて」


「もう書いてある」


 差し出された紙を見て、あたしは笑ってしまった。品目と数と、想定の値段まで並んでいる。値段の欄はほとんどが空白で、そこに「ステラ」と書いてあった。


「値付けは丸投げってこと?」


「相場を知ってるのはお前だけだ」


「そこは信頼って言葉を使いなよ」


 ミリアが横で小さく笑って、荷台に干し肉の包みを載せてくれた。


「ステラさん。道中、気をつけて」


「大丈夫。あたし、逃げ足だけは領主さまより速いから」


 あたしはこの人を、けっこう買っている。土を見るとき、この人は土を見ていない。その土で誰が飯を食うのかを見ている。行商人が値札を見るふりをして客の懐を見ているのと、たぶん同じ目の使い方だ。


 だから信用できる。惚れた腫れたの話じゃない。商売の相手として、勘定が合う。


***


 旧セルヴァ街道は、まだ道と呼べる代物じゃなかった。


 誰も踏んでいない。石畳の隙間から背の低い草が伸びて、ところどころ砂に埋もれている。荷車の輪が三度はまった。


 三度目に肩を入れながら、あたしは荷台の向こうへ声を投げた。


「ねえダン。この先に何があるか知ってる?」


「ラント」


「正解。じゃあ、ラントに何があると思う?」


「……知らねえ」


「あたしのお金」


 若い狩人は、真顔のまま車輪を押し上げた。付き合いが悪い。でも力はある。


 盆地の縁を越えて東へ二日。三日目の昼に、ラントの関が見えた。


 東部の都市ラント。東部監督府が置かれている町だ。石の門と、税を取る机と、荷を検める役人がいる。


 あたしは荷布をめくって、麦の袋を見せた。


「麦、五石」


「どこの」


「東の村の、去年の残り」


 役人は袋に手を突っ込んで、指の間から麦を落とした。落ちる音を聞いている。慣れた手つきだ。


 ――去年の麦は、こんな音では落ちない。


 役人は何も言わずに帳面を開き、筆を走らせた。日付。荷の中身。量。あたしの名前。


 通行税は荷の十分の一。麦のかわりに銀で払った。払うと、帳面の端に判が押される。


 その帳面が、あの門の奥のどこかに積まれる。今日から何年でも残る。


(これで、記録に残った)


 東の村から新麦が五石出た、という一行。ただの一行だ。誰も読まないかもしれない。


 でも、読む人間が一人でもいたら――「東に、麦の穫れる村なんて無い」と気づく。


 分かっていて、あたしは門をくぐった。売らなきゃ釘も鎌も買えない。売らなければ、畑は一枚のままで終わる。


 危ないほうを選ぶのが商人だ。ただし、危なさに値段をつけてから選ぶ。


***


 ラントの市場は、思ったより麦が薄かった。


 東部は輸入の麦を回してもらっている土地だ。値は高止まりして、質はよくない。粉にすると黒っぽくなるやつが平気で並んでいる。


 うちの麦を袋から一掴み出して掌に広げたら、隣の仲買が首を伸ばしてきた。


「どこのだい、それ」


「東」


「東のどこ」


「秘密」


 あたしは笑って袋を閉じた。ここで名を出す商人は三年もたない。


 値をつけさせると、一石で銀貨八枚と言われた。市場の相場は十一枚だ。


「八?」


「出どころの分からん麦だ。八でも買ってやるほうだよ」


 正論だった。腹は立つが正論だ。出どころを言えない荷は、それだけで値が落ちる。安さの正体は口止め料なのだ。


「新麦だよ、これ」


「そりゃ見りゃ分かる。だから訊いてんだ」


 仲買は麦を掌で転がした。


「東で新麦が穫れる村なんざ、俺の帳面にゃ十二しかない。十二とも去年の作付けを聞いてる。あんたの麦は、そのどれの色でもねえ」


 あたしは笑った。笑いながら、背中が冷たくなっていた。


 この男は嫌がらせで訊いているんじゃない。仲買が出どころを知りたがるのは当たり前なのだ。仕入れ先が分からない品は、来年また入るかどうか分からない。商いは来年の話でできている。


「北のほうの、山の村」


「山で麦かい」


「山あいの、川沿い。うちの得意先。名前は言わないよ、あんたに横取りされるから」


 仲買は鼻を鳴らして、それ以上は訊かなかった。横取りされる、と言われて気を悪くする商人はいない。むしろ商売の理屈として腑に落ちる。


 嘘は、相手が信じたい形で作る。信じたくない嘘は、どんなに上手でも刺さらない。


 あたしは荷を三つに割った。


 一つ目は、二石。値切ってきた仲買に、一石八枚で売った。この男は喋る。喋る男には、いちばん普通の麦を渡しておく。


 二つ目も二石。粉屋に持っていった。粉屋は出どころを訊かない。訊かないぶん一石七枚まで下がったが、この男は帳面をつけない。


 三つ目の一石は、売らずに残した。市場に同じ麦が続けて出れば、それだけで噂になる。売り切らないのも商いのうちだ。


 締めて銀貨三十枚。鍬と鎌と麻布と釘を買って、残りは種の代に消えた。


 金物屋の親父に「ずいぶん買うね」と言われたので、あたしは「開墾の口があってさ」と答えた。嘘ではない。嘘ではないから、顔にも出ない。


 買い付けの帰りに、市場の外れから東部監督府の建物が見えた。石造りの、窓の少ない建物だ。二十年前、ヨナが年貢を納めに来て、窓すら開けてもらえなかった場所。


 あの中に、今日あたしが押させた判の帳面が、いずれ運ばれていく。


 あたしは足を止めなかった。止まって見上げたりしたら、そのほうがよほど目立つ。


 帰り道、荷台は行きより軽かった。軽いのに、行きよりずっと重い気がした。


***


 盆地に戻ったのは、出てから七日目の夕方だった。


 白原の縁で、ガルドが杭を打っていた。地面に縄を張って、その脇に細い杭が等間隔に並んでいる。


「何それ」


「線だ」


 ガルドは汗を拭いて、盆地の北を指した。


「魔物が入ってくる口は三つある。北の崩れた堰の脇、東の涸れ沢、南の岩場だ。三つとも、水が流れてた跡をなぞってやがる」


「……水の道を歩いてくるの?」


「窪んでるからな。獣も魔物も、楽なところを通る」


 それで縄は、三本の谷筋の手前に張られていた。柵を組むほどの木も人手もない。だから杭と縄と、夜に鳴る鈴だ。


「防げるの、これで」


「防げねえよ」


 ガルドはあっさり言った。


「気づけるだけだ。気づければ、逃げられる。畑一枚と人十七人なら、逃げるほうが安い」


 守れないものを守るふりをしない。この男もこの男で、勘定が合っている。


 あたしは荷台から釘の袋を下ろした。日が沈みかけて、白原が薄い橙に染まっていた。


 白原の北のはずれに、緑が一枚ある。売ってきた麦は、あの一枚から出た。


「――ステラ」


 ダンだった。街道のほうを見ている。


 振り返って、あたしは荷台の縁を掴んだ。


 東の街道に、土煙が上がっていた。馬が四頭。荷馬ではない。旗を立てた馬だ。


 その後ろに、歩きの一団が続いている。


「役人だ」


 ダンの声は、低かった。

お読みいただきありがとうございます。


売らなければ回らない、売れば知られる。ステラが門をくぐるときに払ったのは、通行税だけではありませんでした。


次回、東からの一団が盆地に入ります。彼らが持ってくるのは剣ではなく、二十年前の紙です。


ブックマークと評価は、盆地の鍬と鎌の代金に充てさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。