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四千年めの再会③-②

「山が、山が割れていくっ!」

 ユーリテス都市遺跡の上に広がる岩山、その隣に位置する小山が鉄骨の断面を覗かせて左右に割れているのだ。

 そして小山の内部から、〔サイボーグ再生怪獣(さいせいかいじゅう)アイラザイン〕が姿を現す。

 それは凶悪極まりない造形の再生怪獣だ。全体的な輪郭は太い脚と尻尾に小さい腕という、典型的な二足歩行型。複数体の古代怪獣を繫ぎ合わせているため全身はツギハギだらけ。右手は総鋼鉄製で、指先が螺旋を描いて回転する。左手の手首から先は棘鉄球となり、胸では巨大なドリルが渦を巻いていた。眼部には横長のバイザーが装着され、眼下で慄く《財団》の連中を睥睨している。

 まかり間違っても、シリーズ後半で助っ人登場しそうにない雰囲気が満載だ。

「この瞬間を待っていた」

 応じて、《財団》陣営の最後部に位置する車両から立ち上がる巨影があった。

 重武装のアイラザインと対比するように、こちらは軽装の騎士といった装いのレグキャリバーだ。いや、軽装と言うより、痩せ細って骸骨とすら思えるほどの軽量化が施された機体だ。全体的に細身どころではなく、外装が外されて内部構造が剥き出しになった部位も多い。右手には一振りの長剣、それが武装の全てだ。

 オービットのレグキャリバー〈スティルメン〉が、限りなく人体に近付いた滑らかさで剣を構える。

 二つの巨体の足元に群がる人々は指、あるいは芋虫にしか見えない小ささだ。

 四千年の時間をこえて、レグキャリバーと怪獣が対峙を果たしていた。

「ザンダ・バルカニヤン、いざ尋常に勝負!」

「貴様にかかずらっているつもりはない!」

 アイラザインはスティルメンを無視して《財団》の連中に突進を始めた。一歩一歩が比喩ではなく巨人の歩みとなって、地鳴りを響かせながら突き進んでいく。

 アイラザインの動きは鈍重だが、歩幅が尋常ではない。短距離走の世界王者ですら逃げきれぬ速度で《財団》の目の前まで接近し、大きく足を振り上げた。

 ザンダの表情が苦しみに歪む。そこは自分たちが苦心して作り上げ、そして日々をすごしてきた最愛の場所なのだ。踏み荒らすのに抵抗がないはずはない。

「だが! 仲間のためならばこの痛みにも耐えてみせよう!」

 アイラザインの足が天空からの鉄鎚となって振り下ろされ、

「させぬっ!」

 部下の危機に瀕して、オービットはスティルメンをアイラザインに激突させた。細身のスティルメンに重量級のアイラザインを押し退けるだけの出力はない。しかしスティルメンの長所は出力ではなく運動性だ。

 オービットの両手には手袋状の操縦桿が装着されていた。オービットは鍵盤を叩くような優雅さで操縦桿を操り、アイラザインの重心を打ち抜いて後退させる。

「総員、直ちに遺跡に避難しろ!」

 オービットの怒号が響き渡った。レグキャリバーや再生怪獣ですら破壊不可能な岩山の内部こそ、二体の戦闘に巻きこまれない最も安全な避難場所なのだ。そしてそれは同時に、残存戦力の全てが遺跡に投入されることを意味していた。

「いかせるかっ!」

「させぬと言った!」

 それぞれの目論見を潰さんと、山林を雑木林のように掻き分けながら、アイラザインとスティルメンが急速接近。

 アイラザインはその場で旋回。長大な尾が横薙ぎされ、山林が稲穂を刈るように薙ぎ倒されていく。スティルメンは闘牛士の華麗さで尾を回避し、アイラザインの側面に回りこんだ。すれ違い様に脇腹へ剣を走らせる。

「馬鹿め! そんなナマクラでアイラザインを傷つけられるものか! ……なにっ?」

 ザンダの脇腹を激痛が襲った。幻肢痛逆流(ファントムペイン)、再生怪獣の受けた傷が痛みの情報となってザンダに逆流しているのだ。

 ザンダはアイラザインの目を介して脇腹に視線を落とした。確かにそこからは真紅の生体維持液が流れ出している。

「そうか! このアイラザインは複数体の古代怪獣を合成している。その繫ぎ目を切り裂いたのか!」

 ザンダはスティルメンの柔軟性に息を呑んだ。本来、レグキャリバーは足のついた戦車程度の操縦性しか持ち合わせていない。しかし目の前のスティルメンは、限りなく人間に近い動作を実現させている。

(そして……速いっ!)

 その動作を最大限に活かすためだろう。スティルメンは徹底した軽量化によって、鈍重な印象のある巨大戦を獣のように俊敏な戦いへと昇華している。

「しかしっ! その薄い装甲でアイラザインの攻撃に耐えられるか?」

 アイラザインの総金属製の五指がスティルメンへと向けられ、鉄の指が飛翔。鉄の指は着弾した途端に爆発し、スティルメンが爆炎に呑みこまれる。

 アイラザインに新たな五指が生え揃うのと同時、黒煙の中から五体満足なままのスティルメンが姿を現した。スティルメンの全身は虹色に輝く半透明の衣で覆われている。

「防御が脆弱なのは百も承知。だが、我が障壁のオールトより作られし〈シルフィー・ヴェール〉に防げぬ攻撃はない」

「ぬうう、軽量化を妨げぬ質量のない鎧ということか……!」

 ザンダは忌々しげに唸った。同時に勝機にも気付く。スティルメンの機体には微妙な歪みが生じていたのだ。

(さすがに無傷ではないようだな。ならば防御壁を貫く攻撃を加えるまで)

 二体の戦いは速度と技量対重量と攻撃力という、両極端な戦いとなっていた。

 アイラザインの起こした爆発は山林に飛び火し、山火事を起こしていた。炎の絨毯に舐められた中で、二体の巨影が再びの激突に向けて呼吸を整えていく。

「ゆくぞっ!」

 剣を顔の横に構え、スティルメンが踵の車輪を回転させて高速接近してきた。

 アイラザインの眼部が発光し、迎撃のメーザーが稲妻となって迸る。巨木が小枝のように弾け飛び、地面が砂場のように抉られていく。その破壊の嵐の中をスティルメンが突っ切ってきた。重心を踵の円形車輪から爪先の球体車輪に移動させ、巧みな足捌きでアイラザインの側面に回りこむ。

「同じ手が通用するものかっ!」

 アイラザインのフィンガーミサイルが絨毯爆撃を敢行。しかしスティルメンには向かわず、周囲の地面を出鱈目に抉るだけ。

 しかしその攻撃は達成されていた。地面が耕され、スティルメンは高速移動を封じられてしまう。スティルメンの足が止まったそこへアイラザインが突進し、左手の棘鉄球を振り下ろす。アイラザインの頭部と同程度、家屋ほどの体積を持つそれがスティルメンに襲いかかった。

 スティルメンとアイラザインが交錯。スティルメンのシルフィー・ヴェールが突破され、棘鉄球との接触によって火花を散らしながらふっ飛ばされる。背中から大地に叩きつけられたスティルメンの胸部はぐちゃぐちゃに破壊され、臓器のような内部構造を外気に晒していた。

 しかしアイラザインも無傷ではない。交錯の瞬間にスティルメンに全身を切り裂かれ、滝のように生体維持液を流れ出させていた。膝から崩れ、大地に倒れる。

 それでも二人は戦いをやめない。オービットは砕けた内装の破片で額を切り、ザンダは度重なる幻肢痛逆流に食い縛った歯茎が裂けて、それぞれに血を流していた。

 二体は歪んだ人形のような動作で立ち上がり、スティルメンが剣を構え、アイラザインが全ての武装を向ける。

「ザンダ・バルカニヤン、覚悟ーっ!」

 スティルメンが裂帛の気勢を上げて突きを放ち、

「その台詞、そっくりそのまま貴様に返してくれるっ!」

 対するアイラザインも棘鉄球を振り上げて突進。

 雌雄を決するべく二つの巨体が接近して、

 大気を貫く音とともに、その場を二筋の閃光が走り抜けた。

「なんとっ!」「ぬうんっ!」

 スティルメンの左肩が弾けて火花が散り、アイラザインの右肩からも肉片が降り注ぐ。

「何奴っ!」

 攻撃の出どころを探してスティルメンが左右に首を振る。アイラザインも同じように左右を見回した。

 金色の太陽が山の稜線へと沈んでいき、一瞬だけ訪れる茜色の世界。星が瞬く闇色の夜が訪れる間もなく、すぐに第二の太陽である第六惑星の黄星が顔を出し、空は鮮烈な青に塗り戻された。

 その朝日の中に浮かぶ異形の影。二人が固唾を呑んでいる間にも、太陽の中の異形は目にもとまらぬ速さで接近し、輪郭が拡大されていく。

 それは四枚の翼と三つの首を有した、巨大な怪鳥だった。

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