四千年めの再会③-③
いや違う。それは機首の左右に二門の巨大な砲身を備えた飛行機体だ。
「くっくっく、はっはっは、あーっはっはっはっはっは!」
そしてその機首の上で腕を組み、仁王立ちしてこちらを睥睨する男の姿があった。太陽のような金髪に、古い宝石のような緑の瞳の男、ゼヒナス・シェザイアだ。
「貴様……っ! なぜここにいる!」
百年めの邂逅に、オービットから激昂が溢れ出した。ヴェネリア遺跡で味あわされた辛酸が口の中に広がっていく。
怪鳥は機体を直角に傾け、スティルメンとアイラザインの周囲を旋回し始めた。
「《財団》と《ザンダ一味》双方に告ぐ。直ちに戦闘行為を停止して武装を解除しろ」
その場に降り注いできたゼヒナスの要求は、両者の感情を一切合財無視したものだ。
「繰り返す、直ちに戦闘行為を停止して武装を解除しろ。この要求が呑まれない場合は、力ずくでこの戦場に介入する!」
「ふざけるなよ、この強奪犯が!」
もちろんこの要求は、オービットの怒りを爆発させる結果となった。
「ヴェネリア遺跡では私の部下を痛めつけた上にヴェネンニアまで強奪し、今また唐突に現れては戦闘を停止しろだと? 私が貴様の戯言に耳を貸すと思うか!」
オービットは敵意を剥き出しにしてゼヒナスに剣を向けた。
「どこの馬の骨とも知れん輩が、俺たちの間に割って入るな!」
同じように、ザンダも無粋な介入者に不快感を露にする。
「だよな。当然そうなるよなあ」
困り気味な口調とは裏腹に、ゼヒナスの表情は心の底から楽しそうだ。
「僕はこれでも教官なんて立場に身を置いていた時期もあるんだが、僕の経験から言わせてもらうなら……」
飛行機体は円運動から直線軌道に移行。機首を持ち上げ、天空目がけて上昇する。
「言って分からないやつは、痛い目を見せて分からせるしかない、ってことさ!」
宣言とともにゼヒナスは跳躍。猛禽の頭部を模した機首、その嘴の中へと吸いこまれていき、飛行機体が変形を始める。
機体下部に畳まれていた接地脚が内と外に分離し、外側が後方に伸ばされ、逆関節だった膝が正関節に戻されて、爪先が広げられて両脚となる。
機体の左右から突き出された二門の砲身が畳まれて、腰の副翼と一体化。接地脚の内側として胸の前で折られていた両腕が伸ばされる。
機首が折れて胸部に収納され、連動して本体にめりこんでいた頭部がせり上がった。
腰の副翼が尻当てとなり、折り畳まれた主砲が帯の結び目のように垂れ下がる。主翼の接続腕が肩に添うように左右に伸ばされ、半ばで下方に折れ曲がって肩当てとなる。
前腕部の装甲が滑り上がって拳が出され、最後にフェイスカバーが左右、上下と閉じて変形が終了。
細い手足にくびれた腰、膨らんだ胸元に柔和な光を放つ両目。遺跡では観察する時間がなかったから気付かなかったが、よくよく見れば女型のレグキャリバーだ。
襟には型式番号未登録‐ゼヒナス・シェザイア専用機/第三次改修型の記述。
羽吹雪となったオールトの煌きをまといながら、天使の如き機体が大地に舞い降りた。
「ギィアアアアアアアアアアアアアッ!」
天使が天空に喉を反らし、獣の叫びを放つ。ヴェネンニアの人造の瞳に宿るのは獣性と破壊衝動の凶暴な輝き。素体であるベルカダスが自らの死すら度外視して活動を始めようとしていた。
「くははははっ! そのじゃじゃ馬っぷりも久しいな。それでこそ僕の相棒だ!」
今にも勝手気ままに動き出さんとするヴェネンニア、その操縦席でゼヒナスは快活な笑い声を上げていた。顔の前に掌を掲げ、拳を握り締める。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ! 湧き上がれ、僕のオールト!」
獅子吼を放つゼヒナスの右手にオールトが集中! 鈍色に輝く右手が操縦桿を握り、ゼヒナスのオールトがヴェネンニアの内部を駆け巡っていく。
ヴェネンニアの全身、関節や装甲の隙間から夥しい数の腕が出現した。オールトによって生み出された幻影の腕が全身に絡みつき、ベルカダスの意思と自由を力ずくで押さえこむ。ヴェネンニアの動きが止まり、瞳の凶暴性が消えて人工の無機質な輝きに戻る。
ゼヒナスに駆られた〈凶翼凰妃ヴェネンニア〉が、四千年振りの大地に立った。
「な……んだ、このオールトは?」
ヴェネンニアから、いや、ゼヒナスから放出されるオールトは尋常ではない。その威圧感は古代怪獣を目の前にしたかのようだ。ただでさえ巨大なヴェネンニアが、さらに何十倍にも大きく感じられた。
臍の奥が冷たくなり、産毛が逆立つ。脳ではなく体の中心から這い出してくる本能的な戦慄に、オービットは思わず息を呑みこんでいた。
「不謹慎だ不謹慎だと自粛しようとはしているんだが、四千年振りのキャリバーだ。これで高揚するなってほうが無理な話だろう!」
ヴェネンニアは機械仕かけのように無機質な動きで両腕を上げた。同じように肩当ての先端が持ち上がって前方を向き、先端が五つに枝分かれ。さらに畳まれた状態の主砲までもが前を向く。
前腕の装甲に開いた三つの穴、三連バルカン〈トリトプス〉と、肩当ての先端の五連バルカン〈テラノス〉、そして掃射形態の主砲が一斉に火を噴いた。
アイラザインは両腕を交差して防御し、スティルメンは弾幕を掻い潜る。
「「ぐああああっ!」」
しかし無駄だ。二人の口から絶叫が唱和された。
「馬鹿な! このアイラザインが牽制用のバルカン如きに押されているだと?」
弾丸を防御した腕の表面が次々と弾け飛び、流れ弾によって大地が抉れ、肉片と土塊が粉雪状に分解されていく。アイラザインは着弾の衝撃で徐々に後退していった。
ヴェネンニアの弾丸はそれ自体がオールトの塊だ。ゼヒナスのオールト特性である分解の力が、アイラザインの強靭な外皮ですら貫いていた。
「くそっ! このスティルメンでも避けきれぬのかっ!」
一方のスティルメンは高速で移動するが、十八の砲門から逃れることなど不可能だ。肩に脚にと散発的に被弾し、ついに決定的な一撃を食らって転倒してしまう。
その機を狙ってヴェネンニアが飛翔した。肩当てとなった主翼と、腰の副翼、さらに足底と脚裏からオールトの輝きが噴出。地上を滑空し、三連バルカンの砲口から発生した三本のエネルギーソードをスティルメンへと突き出す。
間一髪で起き上がったスティルメンが剣で防御し、両者の間で火花が舞い散った。
「貴様っ! よくもヴェネンニアを作り変えてくれたな!」
「劣化したままじゃ使い物にならないだろうが。つうか、どうせお前らだって改修するつもりだったんだろ? お前の怒りは不条理だよ」
「ヴェネンニアの改修は、貴様が勝手に決めていいことではない!」
「違うね。世界でただ一人、僕だけが決めていいことだ」
スティルメンが上段から剣を打ちこみ、ヴェネンニアがエネルギーソードで弾いて防御。返す刀で胴体に突きこまれてきた一撃を、スティルメンは余裕で回避する。




