第一章 第九話 王都祝勝会とギルド長
「伝説の光の剣を持つ伝説の勇者復活」
「最悪の魔人を小指一本で討ち滅ぼした、孤高の無名冒険者」
尾ひれや背びれ、果ては巨大な翼まで生えた尾ヒレ付きの噂は一瞬にして王都全土を駆け巡り、俺、カイン・アークライトは帰還したその日のうちに、街中の誰もが知る「時代の一等星」に祭り上げられていた。
王都冒険者ギルドの大ホールでは、国が全額出資する大祝勝会が盛大に催されていた。
タダ酒。タダ肉。
豪勢な料理の数々。
数時間前まで死の恐怖に怯えていたことなどキレイサパリ忘れ去り、俺はすっかり酒の勢いに乗って調子こいていた。
「やあやあ、そこ行くベッピンのお姉さん! 俺があの大魔人を一刀両断した噂の英雄カインちゃんだよ! 今夜あたり俺と二人で勝利の祝杯でもどう?」
「カイン様、酒場の給仕係のお姉さんを口説くのはこれで七人目です」
「細かくカウントするな!」
「数えておかないと、ご主人様の理性がどこまでも決壊しますので」
ぐうの音も出ない正論だった。言い返せない。非常に悔しい。
そんな俺の浮かれた背後に、ぬっと冷ややかな影が落ちた。
「なかなか盛況なようね、時の英雄殿」
振り返ると、そこには豊満で艶やかな肉体を高級感あふれるシルクのドレスに包んだ、極上の美女が立っていた。王都冒険者ギルド長、セリーナ・グランツ。
「おや、ギルド長! 今夜も一段とお美しい! いっそ俺と付き合っちゃいます?」
「あら、私みたいな年上の女は嫌いかしら?」
「大好物です!」
「……即答ね」
周囲のベテラン冒険者たちが、一斉に顔を蒼白にして目を逸らした。
(あいつ、よりによってあのギルド長にまで……) (死にたいのか……?)
(いくら魔人を倒した英雄でも、あの女狐にその口の聞き方は命がいくつあっても足りんぞ……)
セリーナは妖艶な笑みを崩さないまま、高級扇子の陰からじっと俺を観察していた。
表情こそ穏やかだが、その瞳の奥は一滴の熱すら含まれていない。冷酷なまでの観察眼。
酒臭くて、だらしなくて、見るからに隙だらけの男。そういう「怪しさ」を品定めする目だ。
慣れている。
借金取りからも毎日そんな目で見られていたからな。
「そうだわ、カイン。あなたが魔人を倒したという例の『光の剣』——一度、私に見せて頂戴な」
ついに核心に踏み込んできた。思ったより鋭い。
そして早い。
「剣? あー……あれは亡き親父の大事な形見なんでねえ。おいそれと人には貸せないんですよ」
俺は酒の杯を傾けながらあっさりとはぐらかし、目線を隣のテーブルへ泳がせた。
「それよりギルド長、このあと二人きりで二次会に——」
「はいはい、また今度ですね」
フィリアが無表情のまま、俺の服の襟首を後ろからグイッと引っ張った。
ぐえっ。首が絞まる。
セリーナはそのやり取りをしばらく冷ややかな目で見つめた後、ふっと紫煙のような溜め息とともに目を細めた。何かを確信し、策を巡らせている顔だ。
だが、それが何かまでは分からない。考えても無駄だ。どうせろくなことじゃない。
たぶん。
その後も大ホールでは馬鹿騒ぎが続いた。
「カイン! 今度こそ勝負だ! 酒の飲み比べで決着をつけるぞ!」
大きな木製ジョッキをドカンとテーブルに叩きつけるガルド。
「カイン、貴様の本当の腕っぷし、腕相撲で私に確かめさせてもらおう」
豪快に袖を捲り上げる白銀の騎士レオナ。
「よし全員かかって来い! 俺が負けたらツケは全部ガルド持ちだ!」
「なぜ俺なんだ!?」
至極当然の叫びである。
だが答えない。
答えたら負けだ。
英雄と呼ばれることも、世界を救ったと崇められることも、正直言って実感が沸かない。昨日までレベル5のクズ冒険者だった男が、今日から救世主。
馴染めるわけがないのだ。
こうして、およそ英雄らしからぬ泥酔と馬鹿騒ぎの夜は、緩やかに更けていった。




