第一章 第十話 深夜の訪問者と謎の契約
王国は今、歴史上最大の危機にある。 ——らしい。
魔人ヴァルガスが率いていた魔族の軍勢の脅威は、将を失ったとはいえ完全には去っていない。
そんな中、たった一撃で最上位の魔人を葬り去った「光の剣」と、その使い手であるはずの俺は——王国の運命を担う、最大の最終兵器として期待されているのだそうだ。
俺は知らん。
知らんが、恐ろしく面倒な立場に追い込まれていることだけは理解できる。
その日の深夜。俺は高級宿の一室で、二日酔いの前兆のような重い頭を抱えながら、泥のように眠りに沈んでいた。
コンコン。
控えめなノックの音。
いや、気のせいだ。幻聴だ。俺は寝る。
「カイン殿……起きてください。非常に重大な話があります」
忍び声。
だが、尋常ではない緊張感が切々と滲み出ている可憐な声だった。
「……んあーフィリア……もう飲めないってばよ……」
「フィリアではありません! エレナです! 第一王女の——きゃっ!?」
俺が豪快に寝返りを打った拍子に、伸ばした手が何か柔らかいものをガッチリと掴み取ってしまった。
柔らかい。
温かい。
ものすごく良い匂いがする。
俺はそのまま無意識にそれをベッドの中へと引き寄せた。
「は、離してください! 不敬です! 王国の未来がこれに——」
「うるさいなあ……」
半分眠ったまま、口が勝手に動いた。
魔人を倒した俺に勝負を挑むとは。
「……決闘だ」
その瞬間。俺の手が、無意識に宙を怪しくなぞった。
「『領域展開・決闘領域』」
ブワッ!!
深夜の客室全体が、目も眩むような濃密な黄金の光に包み込まれた。
「なっ……何ですか、これは!?」
「良い素材の枕だ……きもちい……」
「……もう、だめ。……ゆるして!」
廊下から突如として凄まじい足音と狂乱の叫び声が上がった。
「姫様!?」
「エレナ様! ご無事ですか!?」
「扉を開けろ! 破城槌を持ってこい! 打ち壊せ!」
精鋭護衛隊員の凄絶な剣撃や強力な攻撃魔法が、部屋を覆う光の壁に何度も叩きつけられる轟音。
だが——『決闘領域』の結界は指一本分すら揺らぐことはなかった。
「馬鹿な、決闘領域程度が破壊できないだと!?」
精鋭護衛隊員は破壊を試み続けた。
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翌朝。スッキリと目を覚ますと、ベッドの脇でボロボロと涙を零しながら、真っ赤な顔でこちらを睨みつける超絶美少女が正座していた。
「……誰だっけ?」
「第一王女、エレナです!」
「へえ、本物の王女様ってこんなに可愛いんだ」
「夢ではありません! 昨夜——あなたは私に恐ろしい真似を!」
「まぁこんな美少女が俺の部屋にいるわきゃない。夢だな、夢の中なら俺の女になれよ。」
ただの軽口だった。
半分は寝ぼけていたし、残りの半分は昨夜の酒が抜け切っていなかったからだ。
だが——。
部屋の空間に浮遊していた『決闘領域』の残留紋章が、突如として禍々しいほどの黄金光を放ち、鼓動のように脈打った。
『神代契約——成立』
脳裏に直接、古厳かな声が響き渡る。
『決闘領域における勝者の権利行使を確認。勝者からの求婚。敗者(対象)が死亡しなかった場合——これは、生死と魂を共にする永遠の絶対契りとなる』
決闘領域が解除される。
「え」
俺は瞬時に真顔になった。
「え?」
念のため、もう一度言った。
状況が全く理解できない。いや、脳は理解しているが、魂が拒絶している。
エレナが可憐な胸を両手で強く押さえ、真っ赤な顔で喘ぎながら俺を見つめる。
「体が……あなたが私から離れようとするたびに、胸が引き裂かれそうに熱い……まさか……」
「知らん」
「知らん、ではありません! あなたが変な呪文を唱えたのでしょう! 責任を取ってください!!」
この時の俺たちは、まだ何も知らなかった。
このふざけた契約が、この先どれほど「ヤバい」事態を引き起こすのかを。




