第一章 第八話 神殺しの光
「……なるほど。空間を途絶する結界か」
ヴァルガスは周囲を囲む光の壁を興味深そうに見回し、長い指先で軽く叩いた。パチン、と硬質な音が響く。
「だが、これでお前自身も逃げ道を引き裂かれたわけだ。理解しているのか、人間」
「……ああ。分かってるよ、クソ魔人」
「フィリア、今のうちに逃げろ!」
俺は腹を括った。どうせ死ぬなら——最後くらい、カッコつけて派手に足掻いて死んでやる。 腰の鞘から剣を抜いた。刃こぼれだらけの無骨な片手剣。亡き親父の唯一の形見。赤錆が浮いていて、無駄に重くて、お世辞にも切れ味の良くない、俺のたった一つの相棒だ。
レベル5のクズ冒険者が、世界を滅ぼしかねない魔人に剣を向ける。三流の喜劇にもなりはしない。自分でもバカだと思う。
「行くぞぉぉぉぉぉっ!!」
俺は咆哮し、地面を強く蹴って直線的に突進した。
その、瞬間だった。
手の中にあった親父の剣が、突如として恐ろしいほどの熱を帯びた。
(え……?)
次の刹那。錆びついた鉄の刃が、まるで地上に降り注いだ太陽そのもののように、爆発的な輝きを放ち始めたのだ。
「な——!?」
ヴァルガスの黄金の瞳が、生まれて初めて見る驚愕に大きく見開かれる。
視界の全てが真っ白な光で塗りつぶされた。音という音が消失する。時間が永遠に停止したかのような錯覚。
そして——。
ドサリ。
濡れた肉袋が落ちたような、重い不快な音が静寂を破った。
光が徐々に収まっていく。俺は剣を突き出した姿勢のまま、呼吸すら忘れて固まっていた。
目の前には——首を失った、圧倒的な巨躯。首元からドクドクと鮮血が噴き出し、干からびた街道を赤く染め上げていく。
そして、宙を舞っていたヴァルガスの首が、コロコロと乾いた音を立てて転がり、俺の擦り切れた靴の先で止まった。黄金の瞳は、自分が何によって滅ぼされたのか理解できないといった風に、虚ろなまま俺を見上げていた。
死んでいた。一撃で。人類の誰も勝てるはずがないと恐れられていた、あの絶対的な魔人ヴァルガスが。
「………………」
結界の外側。フィリアも、騎士団の面々も、レオナも、ギルド関係者も——誰もが口をアングリと開けたまま、石のように硬直していた。
完全な静寂。あまりにも重苦しく、長い静寂。俺自身、一体何が起きたのか全く理解できていなかった。
(……俺が? 倒した? 剣が勝手に光って……そのまま振ったら……首が跳んだ?)
誰も信じられない。当事者である俺自身が一番信じていない。
だが——惨然たる事実として、魔人の首は俺の足元にある。
「……魔人が……一撃で……倒れた……!?」
アレルの引き攣った叫びが、氷の静寂を打ち破った。その一言が、限界まで張り詰めいていた空気を爆発させる引き金となった。
「うおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
爆音のような歓声が、津波となって押し寄せてきた。
「魔人が死んだぞぉぉぉっ!」
「カインだ! あの落ちこぼれが一撃で葬り去った!」
「光の剣だ! 伝説の聖剣が今、俺たちの目の前で復活したんだ!!」
涙を流しながら駆け寄ってくる人々。男同士で固く抱き合う騎士たち。俺を救世主と崇め、拝むように叫ぶ冒険者たち。
俺は——顔面を引き攣らせた営業用の笑顔を貼り付けながら、脳内でたった一つの惨劇を予感していた。
(やばい……。これ、絶対にめちゃくちゃ面倒くさい事態に巻き込まれたぞ……!)
嫌な予感というのは、得てして的中するものだ。フィリアの専売特許だと思っていた不幸体質が、どうやら俺にも完全に感染していたらしい。




