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第一章 第五話 楽勝のはずだった

 戦場というのは不思議なものだ。

 さっきまで死ぬかもしれないと思っていたのに。

 一時間後には勝った気になっている。

 人間は学習しない。

 俺も学習しない。

「楽勝じゃね?」

 だからこういう発言をする。

「カイン様」

「何だ」

「そういうことを言うと大体悪いことが起きます」

「縁起でもないこと言うな」

「さっきも言いました」

「聞かなかったことにした」

「そうですか」

 フィリアは呆れていた。

 失礼である。

 主人を敬え。

 もう奴隷じゃなくて保護者みたいになってるぞ。

 戦況は良好だった。

 一時間ほど経つ頃には、街道のあちこちが土と血でぬかるんでいた。

 盾を持つ騎士たちは前線を少しずつ押し上げ、冒険者たちはその隙間から飛び出して魔物を仕留めている。

 俺たちは中央後方を横へ移動しながら、危なくなった場所から距離を取っていた。

 想定より魔物は多い。

 だが。

 それだけだ。

「右側押し返せ!」

「前衛交代!!」

「回復班前へ!」

 騎士団の指揮は見事だった。

 統率が取れている。

 無駄がない。

 さすが王国の精鋭。

 レオナなんて特に酷い。

 良い意味で。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 レオナは前線を横切るように走った。踏み込んだ足が地面を蹴り、次の瞬間には魔物の懐へ入っている。

 剣を振るたび、彼女の進行方向にだけ空白ができる。周囲の騎士たちが、その空白を利用して前へ出ていった。

 一閃。

 巨大な牙猪の首が飛ぶ。

 二閃。

 魔狼がまとめて吹き飛ぶ。

 三閃。

 森猿が木ごと真っ二つ。

「おい」

 俺はフィリアをつついた。

「あれ人間?」

「人間です」

「嘘だろ」

「私もそう思います」

 レオナが強すぎる。

 なんだあれ。

 剣聖か何かか。

 胸当ての話をしただけで殺されそう。

「カイン!」

 聞き覚えのある声。

 ガルドだった。

 全身血まみれ。

 だが全部魔物の血だ。

 元気そうである。

 残念ながら。

「見たか!」

「何を」

「俺が十五匹倒した!」

「へー」

「興味なさそうだな!?」

「いや凄いと思うぞ」

「目が死んでる!」

 面倒臭い。

 本当に面倒臭い。

 なぜこいつは毎回俺に報告するのか。

 日記でも書け。

「お前は何匹倒した!」

「三匹」

「少なっ!」

「生存重視だからな」

「胸を張るな!!」

 生存は大事だ。

 冒険者の基本である。

 死んだ英雄より生きた一般人。

 俺はそういう考え方だ。

 間違っていないはずだ。

 たぶん。

「カイン様」

「ん?」

 フィリアが前方を見る。

 そこには一人の少年がいた。

「アレルか」

 駆け出し冒険者。

 新人。

 初心者。

 帰った方がいい奴。

 そのはずだった。

「すげぇ……」

 思わず声が漏れる。

 アレルは戦っていた。

 前線の端にいた。俺から見ると、騎士たちの列より数歩前に出過ぎている。

 魔狼が飛びかかるたびに横へ転がり、泥を全身に浴びながら立ち上がる。剣を構え直す時間さえ惜しいのか、立ち上がった勢いのまま斬り返していた。

 必死に。

 泥だらけになりながら。

 何度も転びながら。

 それでも立ち上がる。

「まだぁぁぁぁぁっ!!」

 剣を振る。

 魔狼を斬る。

 また振る。

 また斬る。

 動きは下手だ。

 隙だらけだ。

 経験も足りない。

 だが。

「根性あるな」

「ありますね」

 新人にしては異常だった。

 何かある。

 そんな気がした。

 もっとも。

 今はそんなことを考えている余裕はない。

 戦いは続いていた。

 だが。

 違和感があった。

「……ん?」

 俺は眉をひそめる。

 おかしい。

 数だ。

 魔物の数。

「減ってない?」

「減っています」

「だよな」

 確実に減っている。

 周囲を見れば、確かに倒れている魔物の数は増えている。街道には死体が積み上がり、草原にも黒い影が点々と残っている。

 なのに森の奥から出てくる影は減らない。むしろ一定の間隔で、途切れることなく続いている。

 こちらが優勢。

 間違いない。

 だからこそ妙だった。

 まだ終わらない。

 終わる気配がない。

 倒しても。

 倒しても。

 倒しても。

 次が来る。

「森の奥から出てきてる?」

「そう見えます」

「どんだけいるんだよ」

 嫌な汗が流れる。

 そんな中、前線から声が上がった。

 前線の騎士が叫んだ。

「オーガロード撃破ぁぁぁ!!」

 前線の奥で巨大な身体が崩れた。地面を叩いた衝撃で土埃が舞い、周囲の兵士たちが一斉に距離を取る。

 土煙が風に流れ、倒れたオーガロードの姿が少しずつ見えてきた。

 歓声が上がる。

 うおおおおおおおおおっ!!

 騎士団が沸く。

 冒険者たちも叫ぶ。

 巨大な魔物が倒れた。

 戦局は決まった。

 誰もがそう思った。

 俺もそう思った。

 だが。

 レオナだけは笑っていなかった。

 騎士団長も。

 ベテラン冒険者たちも。

 なぜか。

 森を見ていた。

 まるで。

 何かを待っているかのように。

 そして――。

 次の瞬間。

 森の奥から。

 人影は森の木々の間から姿を現した。

 急ぐ様子はない。斜面を下り、倒木を跨ぎ、血で汚れた地面を避けることもなく歩いてくる。

 戦場の中央へ向かうその進路上から、魔物たちが自然に左右へ退いていった。

 魔物ではない。

 人間でもない。

 黒いローブ。

 ゆっくりとした足取り。

 まるで、散歩でもするかのように。

 戦場へ現れる。

 そいつを見た瞬間。

 レオナの顔色が変わった。

 騎士団長の顔色が変わった。

 ベテランたちの顔色が変わった。

 そして――。

 誰かが震える声で呟く。

「まさか……」

 その言葉の続きを。

 誰も口にできなかった。


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