第一章 第四話 魔物の大群襲来
嫌な予感は当たる。
だから嫌なのだ。
外れてくれれば笑い話になる。
だが現実は優しくない。
大体当たる。
しかも最悪の形で。
「来ます」
フィリアの声は小さかった。
だが不思議なくらいよく聞こえた。
周囲の騎士や冒険者たちも異変に気付いている。
遠吠えは一方向からではなかった。森の奥のあちこちから重なり、木々の間を回り込んでこちらへ押し寄せてくる。
俺は無意識に一歩下がった。背中には冒険者たちの気配がある。前には森。逃げ道が狭く感じられた。
ざわざわ。
ざわざわ。
不安が伝染していく。
「全員警戒!」
騎士団長の怒号が響く。
空気が一変した。
騎士たちは街道上で足を止め、盾を前へ向けて横一列に並んだ。
その後ろに弓兵。そのさらに後ろに冒険者たち。俺たちは中央後方に押し込まれるような形になった。
目の前の街道が、数分前までただの道だったとは思えない。
先ほどまでの余裕は消え失せる。
誰もが武器に手を掛ける。
そして――。
森が揺れた。
ざざざざざざざざっ!!
木々が大きく揺れる。
風ではない。
何かが走っている。
大量に。
凄まじい数で。
「おいおい……」
嫌な汗が流れた。
その瞬間だった。
森から飛び出してきた。
魔狼。
一匹。
二匹。
三匹。
十匹。
二十匹。
三十匹。
「多すぎるだろォォォォ!!」
思わず叫ぶ。
群れなんてもんじゃない。
津波だった。
灰色の毛並みが、大地を埋め尽くしている。
牙を剥き。
唸り声を上げ。
一斉にこちらへ殺到してくる。
魔狼は森の斜面を駆け下り、その勢いのまま街道へ飛び出してきた。先頭の個体が地面を蹴ると、後続が左右へ広がりながら押し寄せる。
灰色の群れが街道を横切り、草原まで一気に埋めていく。
「前衛構え!」
騎士団長が叫ぶ。
騎士たちが盾を並べる。
騎士たちは足を揃えて踏み込み、盾の縁を互いに噛み合わせる。前列が壁になり、その隙間から槍の穂先だけが突き出した。
ガシャンッ!!
鉄の壁が完成する。
「弓兵!」
「放てぇぇぇ!!」
無数の矢が空を埋める。
ヒュオオオオオッ!!
次の瞬間。
魔狼たちに突き刺さる。
悲鳴が上がる。
血が飛ぶ。
そして、何体もの魔狼が地面に転がった。
数十匹が一瞬で倒れた。
矢が降り終わると、街道には倒れた魔狼が折り重なった。後ろから来た個体がそれを踏み越え、死体を足場にしてさらに前へ出てくる。
つまり、数十匹倒しても森との距離はほとんど変わっていなかった。
「おおおおお!!」
冒険者たちから歓声が上がる。
「楽勝じゃねぇか!」
「これなら勝てる!」
「報酬確定だ!」
俺もそう思った。
さすが王国騎士団。
強い。
めちゃくちゃ強い。
これなら確かに負ける要素がない。
だが。
「カイン様」
「何だ」
「まだです」
「何が?」
フィリアは森を見ていた。
無表情。
だが目だけが険しい。
「まだ来ます」
その直後だった。
ドドドドドドドドドドドドッ!!
地面が揺れた。
本当に、大きく揺れた。
まるで地震だ。
森の奥から新たな魔物が飛び出す。
森の奥から現れた魔物たちは、先ほどの魔狼よりも横へ広がっていた。角兎が草むらを跳ね、森猿が木の根元から飛び出し、牙猪が地面を掘り返しながら突っ込んでくる。
街道は完全に戦場へ変わった。
角兎。
森猿。
牙猪。
魔狼。
さらに後方には大型種まで見える。
「は?」
誰かが呟いた。
その気持ちは分かる。
俺も同じ気持ちだった。
多い。
多すぎる。
「百体じゃねぇぞ」
冒険者が叫ぶ。
「二百体はいる!」
「いや三百だ!」
「嘘だろ!?」
空気が変わる。
歓声が消える。
皆が理解し始めた。
これは予定と違う。
完全に違う。
「落ち着け!」
騎士団長が怒鳴る。
「我々には五十名の騎士がいる! 冒険者も百名いる! 戦力ではまだ勝っている!」
確かにその通りだった。
多少多くても問題ない。
こちらは精鋭だ。
雑魚魔物相手なら十分勝てる。
実際。
戦線は押し返していた。
騎士たちが次々と魔物を斬る。
冒険者たちも応戦する。
レオナなんて特に酷かった。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一振り。
それだけで魔狼三匹が吹き飛ぶ。
強い。
理不尽なくらい強い。
胸当ての件を忘れそうになるほど強い。
「カイン!!」
「何だガルド!」
「俺たちも行くぞ!」
「嫌だ!」
「何でだ!?」
「怖いから!」
「冒険者だろうが!!」
その通りである。
だが怖いものは怖い。
命は大事。
超大事。
「カイン様」
「ん?」
「後ろ」
「後ろ?」
振り返る。
そして――。
固まった。
「……は?」
森のさらに奥。
木々の隙間。
そこに何かがいた。
俺たちのいる場所から森を見ると、木々の向こうだけが異様に暗く見えた。
魔物たちは前へ出ているのに、森の奥にはまだ何かが残っている。そんな感覚があった。
巨大だった。
あまりにも巨大だった。
木より大きい。
家より大きい。
黒い影。
ゆっくりと動いている。
「おい……」
誰かが震えた声を出す。
「何だ……あれ……」
巨影が、森の斜面を踏みしめながら木々を押し分けてこちらへ下りてきた。
一歩進むたびに細い枝が折れ、葉が肩から滑り落ちる。魔物たちが左右へ避けるので、その巨体が通る一本の道だけが自然に開いていった。
ドォンッ!!
大地が揺れる。
そして姿を現した。
黒い巨人。
四メートルを超える肉体。
異形の角。
赤く光る瞳。
巨大な棍棒。
下位種ではない。
明らかに格が違う。
「オーガロード……」
レオナが呟く。
その顔から余裕が消えていた。
周囲の空気が凍る。
誰もが理解した。
これは。
想定外どころではない。
その時、
オーガロードが口を開く。
「グルァァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮。
空気が震える。
鼓膜が痛い。
鳥肌が立つ。
そして――。
魔物たちが。
一斉に動いた。
命令に応じるように、魔物たちの動きが一斉に変わった。前へ出ていた個体が左右へ散り、後ろの群れが別の角度から押し寄せる。
ただ暴れているだけではない。街道を囲むように、戦場そのものが動いている。
まるで命令を受けた兵士のように――――。
「……おい」
俺は乾いた笑いを漏らした。
「今の見たか?」
「見ました」
フィリアが答える。
「命令したよな?」
「しました」
「魔物って命令聞くの?」
「普通は聞きません」
「だよな」
嫌な汗が止まらない。
これはまずい。
かなりまずい。
そしてその予感は。
まだ始まりに過ぎなかった。




