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第二章 第十一話(終章) クソゲー、と戦略的撤退

「――邪魔だ、退け」


 魔人の、感情のない声。


 その姿は、ヴァルガスほど巨大ではない。だが、纏う気配は紛れもなく同格のものだった。


「くっ……」


 剣を抜いたものの、足が竦む。


 あの時と同じだ。


 勝てる保証なんて、どこにもない。


 だが。


「カイン様!」


 フィリアの声に、背中を押された。


 ――やるしかない。


「おい、魔人! 俺と一対一で勝負しろ!」


 声を張り上げる。


 魔人が、僅かに首を傾げた。


「……一対一? この状況で、か」


「ビビってるのか?」


「くだらん挑発だな。だが――付き合ってやろう。人間一匹、退屈しのぎには丁度いい」


 俺は震える手を掲げ、あの呪文を紡いだ。


「『展開・決闘領域』」


 光が弾け、俺と魔人の周囲だけを、隔離する壁が立ち上る。


「行くぞ、フィリア、レオナ。先に城の中へ」


「――ご武運を」


 フィリアとレオナが、光の壁の外から頷き、瓦礫の隙間を抜けて城内へと走っていく。


 残されたのは、俺と魔人だけ。


(頼む……頼むから、また発動してくれ……!)


 祈るような気持ちで、剣を構える。


 魔人が、嘲るように笑いながら踏み込んできた。


 その瞬間。


 体の芯が、熱くなった。


 視界が、鮮明になる。


 あの、決闘領域特有の感覚。


(来た……!)


 剣が、淡く輝きを帯びる。


 ヴァルガスの時ほどではない。だが、確かに力が漲っていた。


 魔人の爪撃を紙一重で躱し、返す一閃。


「なッ――」


 魔人の腕が、宙を舞った。


「ば、化け物か……! なぜ切れる……!」


 狼狽える魔人に、俺は畳みかけるように踏み込んだ。


 考えるより先に、体が動く。


 最後の一撃で、魔人の胴を斜めに斬り裂いた。


 断末魔の声すら上げず、魔人はその場に崩れ落ちた。


 光の壁が、静かに消えていく。


「……勝った、のか」


 俺は、剣を握りしめたまま、荒い息を吐いた。


 ギリギリだった。


 運が良かっただけかもしれない。


 だが、勝った。それだけは事実だった。


「カイン様! こっちです!」


 フィリアの声に、俺は瓦礫を乗り越え、城の奥へと急いだ。


 崩れた壁の隙間、瓦礫に埋もれかけた一室で――銀髪の少女が、震えながら蹲っていた。


「リリシア王女……ですよね」


 フィリアが、そっと声をかける。


「……な、なぜ、あなた方が」


 少女――リリシアが、涙で潤んだ瞳をこちらに向けた。


「助けに来ました。歩けますか?」


「え、ええ……でも、外は魔人が……こんな数、とても……」


「大丈夫。俺たちが――」


 言いかけて、俺は口を噤んだ。


 窓の外、燃え盛る城下を見渡す。


 黒い影は、数えるのも馬鹿らしいほど、無数に蠢いていた。


 十や二十じゃない。


 優に、百は超えている。


(……いや、無理だろ、これ)


 一体倒すのに、あれだけの命懸けだったのだ。


 この数を相手に、まともに戦うなんて――正気の沙汰じゃない。


「……なあ、フィリア」


「はい」


「これ、どう考えても勝てる戦いじゃないよな」


「はい」


 即答だった。


「1対100とか、完全にクソゲーだろ」


「同感です」


 俺は、剣を鞘に収めた。


「よし、逃げよう」


「……え?」


 リリシアが、呆然とこちらを見上げる。


「戦うのは無理だ。だったら、無理に戦わずに逃げる。それが一番確実な生存戦略だ」


「英雄、なのでは……?」


「英雄である前に、生きてなんぼだろ」


 俺は、瓦礫の隙間から差し込む月明かりを頼りに、退路を探した。


「この城に、裏から抜けられる道はあるか」


「地下水路がある。城の防衛用に作られた、緊急脱出路だ」


「よし、そこから行くぞ」


「し、しかし、国民たちは――」


「セリーナが避難誘導してる。俺たちにできるのは、目の前の一人を助けることだけだ」


 全部は救えない。


 だが、目の前の一人くらいは、諦めたくなかった。


 俺はリリシアを支え起こし、地下水路への入り口へと向かった。


「……な、なぜ、私なんかのために」


「なんか、ってなんだよ。王女様だろ、お前」


「でも、こんな危険を冒してまで」


「――正直に言うと」


 俺は、少し照れくさくなりながら答えた。


「昼間、噴水の前で見た魔法、すげえ綺麗だったからさ。あんたが死ぬの、普通に嫌だったんだ」


「……え」


 リリシアの頬が、みるみる赤く染まっていく。


「カイン……様」


 フィリアの視線が、隣で刺すように鋭くなっているのを、俺は必死に無視した。


 地下水路を抜け、俺たちは王都の外へと脱出した。


 燃え盛る城下町を、遠く背にしながら。


「これから、どうするんですか」


 フィリアが、静かに聞いてくる。


「イーティアは、もう駄目だ。あの数の魔人相手に、立て直すのは無理がある」


「では」


「隣国――モンデルに行く。軍事国家なら、この状況にも対応できる戦力があるはずだ」


 軍事国家モンデル。


 狼の一件の時、話には出ていた国だ。


「戦略的撤退、というやつですね」


「かっこよく言うな。ただ逃げただけだ」


「逃げるのも、立派な戦略ですよ」


 フィリアが、微かに笑った。


 こうして俺たちは、燃え上がる魔法王国イーティアを後にし、新たな戦力と安全を求めて、軍事国家モンデルへと向かうことになったのだった。


 ――なお、合流したセリーナとエレナに、リリシアを紹介した瞬間。


「はじめまして。カイン様に助けていただいた、リリシアです」


「……カイン様?」


 エレナの目が、据わった。


「あら、また一人増えたのね」


 セリーナが、面白そうに扇子を揺らす。


「ちょっと待て、なんか変な空気になってないか?」


 誰も、俺の疑問には答えてくれなかった。


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