第二章 第十話 鳴り響く鐘
その日の夜、宿で夕食を取っていると、外がにわかに騒がしくなった。
鐘の音。
それも、一つや二つではない。
王都中の鐘という鐘が、一斉に打ち鳴らされていた。
「な、なんだ、この音」
「これは……」
フィリアの表情が、みるみる強張っていく。
「緊急事態を知らせる警鐘です。私、王城でこの音を聞いたことがあります」
「緊急事態って、まさか」
宿の外に飛び出すと、通りは既に大混乱に陥っていた。
悲鳴。怒号。逃げ惑う人々。
「魔物だ! 魔物の大群が、北の門から――!」
「数えきれん! 百は下らないぞ!」
「魔人もいるぞ! 王国騎士団が、手も足も出ていない!」
その一言に、俺の背筋が凍りついた。
魔人。
あの、実体を持たない、理から外れた化け物。
それが、一体や二体ではなく――軍団として、押し寄せてきている。
「――間違いない」
いつの間にか隣にいたレオナが、剣を抜きながら低く呟いた。
「魔王クラスが、指揮を執っている侵攻だ」
「な、なんでそんなことが分かるんだよ」
「魔人があれほど統率された動きを見せることなど、通常はあり得ない。誰かが、明確な意志を持って軍を動かしている」
「洒落にならないな、おい……」
混乱する通りの向こうから、逃げてきた兵士の一人が叫んだ。
「王女様が……リリシア王女様が、王城に取り残されている! 防衛部隊は壊滅状態だ!」
その瞬間。
俺の体は、考えるより先に動いていた。
「――カイン様?」
「悪い、フィリア。ちょっと行ってくる」
「本気ですか。魔人が、百体単位でいるんですよ」
「分かってる。分かってるけど……」
俺は、自分でも呆れるくらい、単純な男だった。
あの銀髪の少女が、今まさに危険に晒されている。
それだけで、体が勝手に動いていた。
「はぁ……本当に、しょうもない人ですね」
フィリアが、深いため息をついた。
「ですが、あなたが行くなら、私も行きます」
「私もだ」
レオナが剣を構え直す。
「私は、ギルド長として避難誘導の指揮を執るわ。あなたたちは好きにしなさい」
セリーナが、既に住民を誘導し始めながら声を張った。
「私は……」
エレナが、不安げに俺を見上げる。
「エレナは、セリーナと一緒に避難誘導を頼む。お前まで危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「……分かりました。ご無事で」
こうして、俺とフィリア、レオナの三人は、悲鳴の谺する王城への道を、逆走する形で駆け出した。
燃え盛る家屋。
倒れ伏す騎士たち。
実体の朧げな、黒い影のような魔人たちが、逃げ惑う人々を嬲るように追い立てている。
「カイン様。前だけを見てください」
フィリアの声に、俺は歯を食いしばって頷いた。
王城が、見えてきた。
その正門は、既に半ば崩れ落ちていた。
瓦礫の向こう――一体の魔人が、こちらにゆっくりと振り返る。
黄色い、感情のない瞳。
「……邪魔だ、退け」
俺は、震える手で、腰の剣に手をかけた。
あの日と、同じ絶望が、目の前にあった。




