第二章 第九話 消えた斥候と、軍靴の音
数日後。
路銀の足しにと、俺たちは久しぶりにギルドへ依頼を物色しに来ていた。
「討伐、採取、護衛……お、これいいな。日帰りの護衛依頼だ」
「カイン様、それより気になる貼り紙が、隣にあります」
フィリアが指差した先には、一枚の貼り紙があった。
『国境付近における魔物の異常発生について、目撃情報を求む』
「……何だ、これ」
「最近、ちょっとした噂になっているのよ」
受付にいたギルド職員が、声を潜めて教えてくれた。
「国境沿いの村から、避難民が次々と来ているの。魔物の数が急に増えて、しかも様子がおかしいって」
「様子がおかしい、とは」
レオナが、鋭く聞き返す。
「統率されている、って言うのかしら。本来バラバラに動くはずの魔物が、まるで隊列を組むみたいに移動してるらしいの」
その場の空気が、一瞬で張り詰めた。
「それに――」
職員が、さらに声を落とした。
「五日前、国境の調査に出た斥候部隊。三組とも、連絡が途絶えたままなの」
「……三組とも、ですか」
「ええ。腕利き揃いだったのに」
沈黙が落ちた。
そこへ。
ギルドの扉が、乱暴に開かれた。
「た、頼む……誰か、回復魔法を……!」
運び込まれてきたのは、ぼろぼろに傷ついた、一人の斥候だった。
フィリアが、すぐさま駆け寄る。
「傷ついた者に、癒やしを――『オールヒール』」
淡い光が、男の体を包む。
荒い息のまま、男が薄目を開けた。
「奴らは……笑って、いた……」
「靴を、鳴らして……まるで、軍隊、みたいに……」
譫言のように呟くと、男はまた意識を失った。
誰も、しばらく言葉を発せなかった。
「……嫌な予感がします」
フィリアの声は、小さかった。
「今回は、俺も同感だ」
俺は、頭を掻いた。
「城に報告した方がいいんじゃないか」
「もう、しています」
ギルド職員が、疲れたように肩を落とした。
「でも、王城からの返事は、『過度な心配は無用。国境警備隊で対応可能』の一点張りで」
「……お役所仕事だな、それ」
「油断、というやつでしょうね」
レオナが、腕を組んで低く唸った。
「私からも、一度城に掛け合ってみる。副団長だった頃のツテが、まだ多少は残っているはずだ」
「頼む」
その日の依頼は、結局受けずじまいだった。
宿への帰り道、誰も、あまり口を利かなかった。
「……なあ、フィリア」
「はい」
「逃げるか?」
「いつものカイン様ならとっくに荷作りを開始してますね」
「だよな」
俺は、夜空を見上げた。
満天の星は、数日前と何も変わらないはずなのに――なぜか、やけに遠く見えた。
「リリシア……」
――不穏な足音は、俺たちのすぐ近くまで迫っていた。
誰も、まだそれに、気付いていなかった。




