第二章 第八話 変装王女と、値切り交渉
翌日から、俺の行動は、我ながら分かりやすいものになっていた。
「またその角ですか」
フィリアの視線が、冷ややかにこちらへ突き刺さる。
俺は、噴水広場を見渡せる露店の陰――ここ数日ですっかり馴染みになった定位置に陣取っていた。
「偶然だ。偶然、たまたま、ここを通りかかっただけだ」
「三日連続で、同じ偶然が起きるんですね」
「世の中には奇跡ってやつがあるんだよ」
「ただの不審者です」
的確すぎる指摘だった。何も言い返せない。
だが、張り込みには意味があった。
その日の昼過ぎ。
フードを目深に被った、小柄な人影が、路地の奥からこそこそと現れた。
一瞬で分かった。
あの、銀の髪だ。
「――あ」
目が合った。
リリシアが、弾かれたようにフードを深く被り直す。
「よう、今日はどこに行くんだ?魔法披露にしては変装しすぎじゃないか?」
「な、なんでもありません。私は、その、ただの町娘で……」
「俺はカイン、噂くらい聞いてるだろ?怪しくない英雄様だ。英雄に嘘は通じないぜ」
「……カイン様!?お会いできて光栄です。」
リリシアがフードを少しだけ持ち上げた。
「実は、こっそり城を抜け出してきたんです。たまには、普通の町娘として、街を歩いてみたくて」
(今日は公式行事じゃないのか)
「気持ちは分かる」
俺は深く頷いた。
「王女だ英雄だって持ち上げられるの、たまに疲れるもんな」
「……はい。分かってくださるんですね」
リリシアが、ほっとしたように微笑んだ。
その笑顔に、俺の思考回路は、完全に停止した。
「カイン様。鼻の下が伸びています」
背後から突き刺さる、フィリアの声。
「の、伸びてない」
「伸びています」
こうして、俺とリリシアの、庶民体験デート(仮)が始まった。
もちろん、護衛と称したフィリアが、数歩後ろにぴったりとついてくる。
「私は護衛です。デートではありません」
「誰もデートとは言ってない」
「顔が、そう言っています」
最初に向かったのは、大通りの串焼き屋台だった。
「これ、いくらですか」
リリシアが、店主に尋ねる。
「嬢ちゃん、一本銅貨三枚だよ」
「三本で、銅貨七枚ではいかがでしょう」
「……嬢ちゃん、もしかして商売人か何かか?」
店主が、目を丸くする。
「たまに城を抜け出して、値切りの練習をしているので」
リリシアが、得意げに胸を張った。
「その練習、一体どこで役に立つんだよ」
「分かりません。でも、なんだか楽しいので」
屈託のない笑顔だった。
――意外と逞しい。王女様の割に。
そのまま俺たちは、露店を冷やかしたり、大道芸人の芸に拍手を送ったりしながら、ゆっくりと大通りを歩いた。
「こういうの、初めてなんです」
リリシアが、串焼きを頬張りながら呟いた。
「城の外に出ても、いつも護衛と侍女に囲まれていて。今日みたいに、ただ歩くだけなんて」
「窮屈そうだな、王族も」
「はい。だから――」
リリシアが、こちらを見上げた。
「今日は、少しだけ、楽しいです」
その笑顔に、また思考が止まりかけた。
「カイン様」
低い声が飛んでくる。
「分かってる、分かってるって」
夕暮れ時。
城の裏門まで、リリシアを送り届けた。
「今日は、ありがとうございました」
リリシアが、深々と頭を下げる。
「また、抜け出してきていいですか」
「護衛の許可が下りればな」
俺は、隣のフィリアを見た。
「絶対に駄目です」
即答だった。
リリシアは、それでもどこか嬉しそうに、小さく笑って城の中へと消えていった。
――遠く離れた宿の窓から、その光景を眺めていた人物がいたことに、俺はまだ気付いていなかった。
エレナは、カーテンの陰から、じっと通りを見つめていた。
「……また、増えるんですね」
その呟きは、誰にも届かなかった。




