第一章 第二話 女騎士レオナ
冒険者には二種類いる。
強い奴と。
俺より強い奴だ。
つまりほぼ全員である。
「世知辛い……」
「朝から何を言っているんですか」
「人生について考えていた」
「カイン様には難しいと思います」
「フィリア、最近辛辣じゃない?」
気のせいではない。
確実に辛辣になっている。
奴隷のくせに。
いや奴隷だからか?
分からん。
人生は難しい。
「列が進みます」
「おう」
討伐隊は長蛇の列となって街道を進んでいた。
俺たちは街道の中央寄りを歩いていた。前方では騎士たちの鎧が朝の薄明かりを反射し、後方では荷馬車の車輪が一定の間隔で石を踏んでいる。
歩調はゆっくりだった。大人数の行軍だから、一人が速く歩いても意味がない。隊列全体が同じ速度で森へ近付いていく。
左右には広い草原が続き、遠くに農地と小さな丘が見える。まだ戦場には見えない。
前には騎士団。
後ろには冒険者。
そのさらに後ろには補給部隊。
大所帯だ。
こんな人数で負けるわけがない。
そう。
負けるわけが――。
「おい」
いた。
面倒臭い奴が。
目を合わせた瞬間に分かった。
あれは絡んでくる目だ。
人生経験豊富な俺には分かる。
借金取りと同じ目をしている。
「おい、カイン」
「聞こえない聞こえない」
「聞こえてるだろうが!」
若い男が、騎士の列と冒険者の列の間を縫うようにして大股で近付いてきた。周囲の迷惑など一切考えていない歩き方だった。
鎧の留め具が歩くたびに鳴り、腰の剣まで揺れている。あの足音だけで、厄介事の気配がした。
金髪。
整った顔。
良い装備。
高いレベル。
腹が立つ。
世の中の不平等を煮詰めたような男。
なぜか酒場でいつも絡んでくる同期冒険者。
冒険者試験で俺に負けたことをいつまでも根に持っている。
ガルドである。
「またお前か」
「またとは何だ!」
「まただろ」
「俺はお前を認めていない!」
「知ってる」
「なぜ平然としている!」
「毎回言われるから慣れた」
ガルドは顔を真っ赤にした。
こいつはすぐ怒る。
若い。
実に若い。
俺も二十二歳だが精神年齢は六十歳くらいある。
主に苦労のせいで。
「決闘しろ!」
「嫌だ」
「即答!?」
「嫌だからな」
「冒険者の誇りはないのか!」
「ない」
「即答するな!!」
だって面倒臭いじゃん。
決闘って。
怪我するし。
疲れるし。
お金貰えないし。
良いことない。
勝っても恨まれる。
負けたら笑われる。
誰がやるか。
「俺は忙しいんだ」
「何が忙しい!」
「将来設計」
「歩きながら!?」
「城を買う予定だから」
「意味が分からん!!」
だろうな。
俺も分からん。
だが夢は大事だ。
人生に必要だ。
現実逃避とも言う。
「相変わらずだな」
その時。
凛とした声が、俺たちの少し後ろから響いた。
振り返ると、騎士たちが道の左右へ寄っている。隊列の中央に一本の通路ができ、その奥から銀髪の女騎士がこちらへ歩いてきた。
周囲の騎士たちが一斉に姿勢を正す。
空気が変わる。
冒険者たちまで道を開ける。
俺は顔をしかめた。
「あ」
「なんだその顔は」
「面倒臭い人その二」
「聞こえているぞ」
銀髪。
長身。
整った顔立ち。
白銀の鎧。
腰には王国騎士の長剣。
若くして副団長。
これも酒場で絡んでくるその二。
貧乳コンプレックス。
女騎士レオナ。
レオナは騎士たちの間をまっすぐ進んでくる。周囲が自然に道を空けるため、彼女だけが広い場所を歩いているように見えた。
白銀の鎧が歩くたびに小さく鳴る。剣の柄は右腰。背筋は伸び、視線は前方から一度も逸れない。
同じ行軍中でも、俺たちとは歩き方からして違う。
強い。
めちゃくちゃ強い。
そして――。
めちゃくちゃ面倒臭い。
「久しぶりだな、カイン」
「三日前に会った」
「そうだったか」
「酒場で椅子投げられた」
「お前が失礼なことを言ったからだ」
「事実を言っただけだ」
「事実だと?」
「胸当ての厚みが怪しいって」
沈黙。
完全なる沈黙。
周囲の騎士たちが青ざめた。
ガルドが後退した。
フィリアまで一歩下がった。
おい。
お前までか。
「……ほう」
レオナが笑った。
笑顔だった。
怖かった。
非常に怖かった。
魔物より怖かった。
「カイン」
「はい」
「決闘しろ」
「嫌です」
「決闘しろ」
「嫌です」
「決闘しろ」
「嫌です」
「決闘しろ」
「嫌です」
なぜ四回も言った。
しかも全部同じ内容。
会話の無駄遣いである。
「貴様!!」
レオナが剣を抜く。
騎士たちが止める。
周囲が大混乱になる。
俺はフィリアの後ろに隠れた。
「ご主人様」
「何だ」
「最低です」
「知ってる」
自覚はある。
だが後悔はない。
人生に必要なのは反省であって後悔ではない。
たぶん。
「本当に最低です」
「二回言うな」
異変は、唐突に訪れた。
それまで街道を埋めていた雑談や金属音が、一瞬で薄れた。
前方へ視線を向けると、隊列が途中で止まり、人が左右へ分かれていく。俺たちのいる場所からでも、森の入り口付近に何かがあることだけは分かった。
前方から怒号が聞こえた。
騎士たちが慌ただしく動き始める。
空気が変わる。
今までの馬鹿騒ぎが嘘のように。
「……何だ?」
レオナも顔を引き締める。
騎士団長らしき男が前方を睨んでいた。
ざわざわ。
ざわざわ。
嫌なざわめきが広がる。
そして――。
街道を外れると、靴底が土に沈んだ。森の入り口まではほんの数十歩だが、さっきまでの開けた道とは空気が違う。
木々は街道の両側から覆いかぶさるように枝を伸ばし、薄い日差しを細かく遮っている。
湿った土と、かすかな血の匂いが鼻を突いた。街道の乾いた空気とは明らかに質が違う、重く沈んだ気配だった。
誰かが呟いた。
「死体……?」
街道脇。
森の入り口。
そこには死体が転がっていた。
数十体。
いや。
もっとだ。
異様だった。
傷口が揃い過ぎている。
「偶然、通りかかった冒険者か?」
誰かが呟いた。装備を見る限り、かなり上位の冒険者だったようだ。
「この剣、貰っていいか?」
しゃがみ込みもせず、少し離れた場所から俺は冗談めかして言った。近付けば臭いもするし、何より靴が汚れる。だが軽口を叩きながらも、視線だけは死体の並び方を追っていた。
誰も返事をしない。
「まだ、数日は経っていないようだな」
レオナが死体を見下ろし、剣の柄に手を掛けた。
フィリアが小さく呟く。
「……嫌な予感がします」
またそれか。
やめろ。
本当にやめろ。
その予感だけは。
当たるから。




