↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/29

第一章 第一話 落ちこぼれ冒険者カイン

こちらの先品は現在休載中です。

もう一つの作品が完結したら続きを掲載、もしくは書き直して再投稿いたします。

申し訳ございません。

 ――人間は、自分だけは死なないと思っている。

 それは間違いだ。

 だが、みんなそう思っている。

 だから酒を飲む。

 だから女を口説く。

 だから借金をする。

 だから俺は今日も生きている。

 そう。

 生きている限りは勝ちなのだ。

 死んだら負け。

 冒険者なんて職業は、その一点だけで説明がつく。

 俺、カイン・アークライトはそう思っていた。

 少なくとも、この日の朝までは。

「フィリア」

「はい、カイン様」

「俺、金持ちになったら城を買うわ」

 俺たちがいるのは、王都の北門へ続く大通りだった。朝の街はまだ店を開け始めたばかりで、石畳には夜の冷気が残っている。

 俺はフィリアの半歩前を歩いていた。格好だけは主人らしく、実際には財布の中身を気にしながら歩いている。

 背は高くも低くもない。使い込んで刃こぼれした片手剣を腰に提げ、革鎧のあちこちには継ぎ接ぎの跡がある。顔立ちは十人並みだが、疲れた愛嬌だけはあるらしい——ギルドの受付嬢にはよくそう言われる。慰めだというのは、さすがに気付いている。

「またですか」

「またとは何だ。またとは」

「昨日は島を買うと仰っていました」

「男の夢は毎日変わるんだよ」

「そうですか」

 フィリアは無表情だった。

 亜麻色の髪を首の後ろで一つに結び、灰色のローブに身を包んだ小柄な少女だ。首元には奴隷の証である銀の枷が覗いている。目だけは妙に澄んでいて、感情の代わりにいつも何かを観察しているように見えた。

 奴隷だからではない。

 元々こういう顔なのだ。

 嬉しい時も。

 悲しい時も。

 怒っている時も。

 大体同じ顔をしている。

 初めて会った時は人形かと思った。

 今でも半分くらい思っている。

「反応が薄いなぁ……」

「城を買うお金がありませんので」

「そこは夢を応援しろよ!」

 そう言って俺は石畳を踏み鳴らしながら歩く。胸を張っているせいか、やたら偉そうに見えるらしい。

 フィリアはそんな俺の横を、一定の歩幅で淡々とついてくる。急ぐでもなく、遅れるでもない。まるで俺がどこへ行くのか、最初から分かっているようだった。


「現実を見てください」

「嫌だね!」

 即答である。

 現実なんて見たくない。

 見たところで嫌なことしかない。

 俺の財布とか。

 俺の口座とか。

 俺の借金とか。

 俺のレベルとか。

 特に最後。

 レベル。

 この世界で、誰もが持っている数字。

 神が与えた祝福。

 強さの証。

 才能の証明。

 人生そのもの――。

 そして俺のレベルは――。

「レベル5……」

 思わず呟く。

 フィリアがこくりと頷く。

「レベル5ですね」

「言うなよ」

「カイン様が言いました」

「追撃するな」

「事実です」

 ぐふぅ。

 胸に刺さる。

 やめて。

 俺、傷つく。

 実際問題として、レベル5は低い。

 異常に低い。

 冒険者になって三年。

 命を懸けて戦い続けて三年。

 それでレベル5。

 才能がないにも程がある。

 ギルドの受付嬢ですら俺より高い。

 泣いていい?

 いいよね?

「だが今日は違う」

 俺は胸を張る。

 どーん!

 どやぁ!

「今日は大仕事だ」

「大仕事ですね」

「銀貨十五枚だ」

「銀貨十五枚です」

「銀貨十五枚。大事なことだから覚えておけ」

「銀貨十五枚ですね」

「分かってる?」

「分かっています」

 分かっていない。

 絶対分かっていない。

 銀貨十五枚。

 銀貨十五枚だ。

 大事なことなので三回言った。

 門の向こうでは、討伐隊の集合場所へ向かう人の流れが太くなっていた。俺たちはその流れに混ざり、北門へ向かう広い坂道を上っていく。

 左右には武器屋や道具屋が並び、軒先には冒険者向けの保存食が積まれている。いつもの朝の光景だ。

 焼きたてのパンの匂いと、研ぎ石にかけられた金属の匂いが混ざって漂う。鍛冶屋の槌音が、まだ眠そうな通りに規則正しく響いていた。

 ただ今日は、街の外へ向かう人間の数が異様に多かった。

 冒険者百名。

 王国騎士団五十名。

 王国主催。

 大規模討伐。

 討伐対象は、魔物百体程度。

 勝ち確定。

 楽勝。

 消化試合。

 負ける要素ゼロ。

 むしろどうやったら負けるの?

 そんな依頼だった。

「半日で終わるな」

「終わるといいですね」

「終わるに決まってるだろ」

「そうでしょうか」

「何だよその反応」

 フィリアは少しだけ空を見上げた。

 曇天だった。

 北門の外へ出ると、街の喧騒が背中へ遠ざかった。目の前にはなだらかな草原と、その先に黒く連なる森が見える。

 街道は二台の馬車がすれ違えるほど広い。討伐隊はそこを埋めるように進んでいた。

 灰色の雲。

 風が冷たい。

 鳥も飛んでいない。

 嫌な天気だった。

「……嫌な予感がします」

「やめろ」

「はい」

「そういうのマジでやめろ」

「はい」

 冒険者にとって、嫌な予感ほど信用できるものはない。

 なぜなら大体当たる。

 嫌な予感とは経験則だ。

 生存本能だ。

 そしてフィリアの勘は異様に当たる。

 だから、やめろ。

 怖いから。

 本当に怖いから。

「……まあいい!」

 俺はわざと歩幅を大きくして、重苦しい空気を振り払うように前へ進んだ。ブーツの底が石混じりの道を踏むたび、乾いた音が返ってくる。

 俺は両手を叩いた。

 ぱんっ!

「今日の俺は機嫌がいい!」

「そうですね」

「依頼が終わったら酒場だ!」

「はい」

「肉だ!」

「はい」

「女を口説く!」

「はい」

「そしてモテる!」

「それは難しいと思います」

「何で!?」

 その時、

 遠くでラッパの音が鳴る。

 討伐隊集合の合図。

 巨大な北門の前は、祭りでも始まるのかと思うほどの人だかりだった。門を背に騎士たちが整列し、その脇では冒険者たちが武器を確認している。

 俺たちはその人波の端を縫うようにして集合位置へ向かった。肩がぶつかるたびに、鎧の金属音が短く響く。

 人、人、人――。

 武器。

 鎧。

 旗。

 怒号。

 笑い声。

 戦いの前にしかない、独特の熱気。

 この時までは。

 俺だって、疑っていなかった。

 誰も、勝利を疑っていない。

 当然だ。

 負ける理由がないのだから。

 この時、

 本当に誰一人として知らなかった。

 今日という日が。

 今日という日が、後に王国史上最悪の惨劇と呼ばれることを。

 もちろん。

 当の本人ですら、知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。