第二章 第五話 偽物英雄事件
「集まれ集まれ! この俺様こそが、魔人を単独撃破した英雄、カイン・アークライトだ!」
人だかりの中心で、恰幅の良い男が堂々と胸を張っている。
「……待て待て待て」
俺は人混みをかき分け、前に出た。
「俺だよ、俺。本物のカインだ」
「あん?」
男が、うるさそうにこちらを一瞥する。
「なんだ小僧、英雄様に対してその口の利き方は」
「小僧って……お前より年上だぞ、俺」
「はっ、笑わせる。英雄カイン様は、身の丈二メートル、鋼の筋肉を持つ偉丈夫だ。お前みたいなひょろい兄ちゃんが名乗るとは、片腹痛いわ!」
「身の丈二メートルって、誰だよそれ」
群衆がざわめく。
「おい、あの兄ちゃん、何言ってんだ」
「偽者だろ、明らかに」
「本物のカイン様に喧嘩売るとか、命知らずだな」
誰一人として、俺の言葉を信じていなかった。
「フィリア、助けてくれ」
「……どう見ても、あちらの方が英雄っぽいですね」
「お前までかよ!」
レオナもセリーナも、腕を組んだまま無言でこちらを見ている。
目が「分かるだろ、この状況」と語っていた。
「くそ、証拠だ。何か証拠を見せてやる」
俺は腰の剣を抜いた。
「見ろ、これが俺の剣だ! 魔人を一撃で――」
「ただの刃こぼれた鉄くずじゃねえか」
男が鼻で笑う。
「本物の光の剣は、常に神々しく輝いているのだ! このワシの剣を見よ!」
男が抜いた剣は、やたら装飾過剰な、いかにも安っぽい金ぴかの剣だった。
当然、光ってなどいない。
だが群衆は、うおおおと沸いた。
「眩しい……!」
「まさに勇者の剣だ!」
「照明の反射だろ、あれ」
俺の呟きは、誰にも届かなかった。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた衛兵が数人、こちらへ駆けてきた。
「何事だ!」
「衛兵さん! この男が、英雄カイン様に難癖をつけているんです!」
野次馬の一人が、俺を指差して叫んだ。
「な――」
「本物を騙るとは不届き者め! 連行しろ!」
「待て待て待て! 俺が本物だって言ってるだろうが!」
衛兵に両脇を抱えられそうになった、その時。
「――お待ちなさい」
凛とした声が響いた。
セリーナが、扇子を広げながら前に出る。
「私はイーティア冒険者ギルドとも取引のある、サザンクロス王都ギルド長よ。冒険者の身分証には、当人にしか反応しない魔力刻印がある。それを確認すれば、どちらが本物かは一目瞭然でしょう」
衛兵たちが顔を見合わせた。
「た、確かに……ギルド長がそう仰るなら」
「お、おい待て! そんな、確認なんて要らんだろ! この俺様の英雄っぷりを見れば――」
「では、あなたの身分証を」
セリーナがにっこりと笑う。
目が笑っていない、いつもの顔だった。
「う……そ、それは、その……」
男の額に、汗が滲み始める。
「今、ここに、忘れてきた……」
「あら、都合が良いこと」
「本物のカイン様、あなたの身分証を」
俺は懐から、皺だらけの冒険者証を取り出した。
セリーナがそれを掲げると、刻まれた紋章がぼんやりと淡く発光した。
「――本人確認、完了。この方が、正真正銘のカイン・アークライトです」
どよめきが群衆を包んだ。
「じゃ、じゃあ、あっちの人は……」
「な、なんだって……」
「お、おい、お前ら騙されて拍手してたのかよ」
「い、いや、しかし、あの立派な体格が……」
まだ半信半疑の群衆に対し、男は――。
「ま、待ってくれ! 本物なんて、来るな来るなよぉぉぉ!!」
絶叫しながら、荷物も投げ捨てて全力で逃走を始めた。
「あ、待て!」
衛兵たちが慌てて追いかけていく。
残された俺たちは、しばらく無言でその後ろ姿を見送った。
「……なんだったんだ、今の」
「詐欺師でしょうね。あなたの評判を利用して、サインだの何だの、金を巻き上げていたんだと思います」
フィリアが冷静に分析する。
「にしても、俺よりよっぽど俺らしかったな、あいつ」
「身の丈二メートルの偉丈夫が、ですか?」
「うるさい」
「まあ、無事に疑いは晴れましたし、良しとしましょう」
セリーナが扇子を畳みながら笑う。
「これで心置きなく、観光と――温泉が楽しめるわね」
「そうだそうだ! 温泉!」
俺は一気に機嫌を直した。
現金なものだと、自分でも思う。
だが、こうしてようやく、俺たちの魔法王国イーティアでの本当の滞在が始まったのだった。
――ちなみに、あの偽物とはのちに再開することになる。




