第二章 第四話 魔法王国イーティア、到着
国境の湯治場を発って二日。
森を抜けた先に広がった光景に、俺は思わず足を止めた。
「……おお」
空に浮かぶ、いくつもの光の島。
地上には、水晶でできたような塔が立ち並び、その間を、魔力の輝跡を曳きながら小舟が行き交っている。
王都サザンクロスとは、まるで違う世界だった。
「ここが……イーティア」
エレナも、生まれ育った故郷とはまるで異なる景色に、感嘆の声を漏らしている。
「魔法国家っていうのは伊達じゃないわね」
セリーナも珍しく素直に感心していた。
「見ろ、あの浮遊島。あれも魔法で浮かせているのか?」
レオナが空を指差す。
「詳しいことは分かりませんが、魔力そのものを動力源にした技術が発達している、と聞いたことがあります」
フィリアが冷静に補足する。
俺はといえば――。
「……で、ここの温泉はどこだ」
「その話ばかりですね、あなた」
呆れ半分のフィリアの視線が痛い。
だが仕方ない。ここまで来たご褒美くらい、貰う権利があるはずだ。
城門をくぐると、案の定、人の往来は王都以上に賑やかだった。
露店には見たこともない魔導具が並び、子供たちが小さな光の玉を追いかけて遊んでいる。
平和な光景だった。
――少なくとも、今はまだ。
「カイン様、噂をすればです。ほら、あそこ」
フィリアが指差した先、大通りの掲示板には、大きな垂れ幕が掲げられていた。
『――魔人ヴァルガス討伐の英雄、光の剣の勇者様、当国訪問中!』
「……は?」
俺は、その文字を二度見した。
三度見した。
何度見ても、同じことが書いてある。
「な、なんで俺が来ることが……いや、待て。俺、まだ町に入ったばかりだぞ?」
「妙ですね」
フィリアの表情も、みるみる曇っていく。
嫌な予感というのは、大抵当たる。
それは、この世界の絶対法則の一つらしい。
大通りの向こう――人だかりの中心で、誰かが声高らかに叫んでいるのが聞こえた。
「集まれ集まれ! この俺様こそが、魔人を単独撃破した英雄、カイン・アークライトだ! サインが欲しい者は並べぇい!」
「……は?」
俺は、その場に立ち尽くした。
群衆の中心には、俺とはまるで似ても似つかない、やたら顔の濃い、恰幅の良い男が、堂々と胸を張っていた。
「……誰だよ、あれ」
男は俺たちに気付く様子もなく、得意げに手を振っている。
その姿を見た瞬間、俺の額に嫌な汗が滲んだ。
「さあ……」
フィリアも、レオナも、セリーナも、エレナも。
誰一人として、その状況を理解できずにいた。
俺たちの、賑やかで面倒な魔法王国イーティアでの日々は――どうやら、盛大に出鼻をくじかれる形で幕を開けるらしかった。




