7、人類の叡智の結晶にして到達点
はじまりはとある量子コンピュータの誕生でした。
『虹玉』と呼ばれる超高性能な量子コンピュータが一人の天才科学者の手によって生み出されたのです。
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今現在の、この世界に存在するありとあらゆる物質の位置や運動量などの状態を完全に把握し、それらを完璧に解析することのできる能力を持っているのならば、ありとあらゆる未来さえも見通すことができるはず、そんな存在をラプラスの悪魔と呼びます。
けれどもかつて、ラプラスの悪魔は量子力学によって否定され、殺されたのです。原子の位置と運動量の両方を同時に知ることは原理的に不可能である、と。
だからといって、人類が未来予測を諦めることはありませんでした。
情報を収集し、蓄積させ、その経験から天気予報が精度を高めていったように。膨大な情報を収集し解析することによって、ありとあらゆる未来予測の精度は高めることができるはずだ、と。
それは必然でしょう。経験を重ねれば、先の予測がより正確になっていくのは当然のこと。仕事でも、スポーツでも、勉強でも。これまでの経験則から次の展開を予測できるようになるのと同じことです。より膨大な情報をより効果的に利用すれば、より多くのものを予測することができるようになる。
そして世界を変えたのが『虹玉』の登場でした。
まだまだ量子コンピュータが実用化には届かないか、実用化していても、普通のスーパーコンピュータよりもほんの少し性能が高いくらいのものしかなかった、量子コンピュータ黎明期に、突如として現れた“本物”の量子コンピュータ。
それは、人類が夢に描いた理想そのものでした。
古典コンピュータを遥かに凌ぐ莫大なデータの演算を可能とした虹玉の登場によって、世界は大きく変わりました。
日本は、その絶大な性能を誇る虹玉を未来予測に充てることにしたのです。
明日の天気、世の中の流行、政治の動向の予測、次に起こる可能性の高い犯罪、世界情勢の流れ。それら、世の中の事象の未来を知ることができれば、確実に人類はよりよい世界を築くことができるはずだ、と信じて。
そうして虹玉を利用して生み出されたのが、未来予測機構『ラプラスシステム』でした。
ラプラスシステムは、世界中に存在するありとあらゆるデータを取り込み、それらを活用し、未来を予測する。
もちろん、その精度は100%完璧なものというわけにはいきません。
そんなことができてしまうのならば、やはりラプラスの悪魔は存在するということになってしまいますからね。
けれども、世の中に起こる大きな事件や出来事はことごとく的中させていきました。内紛の起こる国や、経済破綻をきたす国を予測したり、大きなテロや自然災害を言い当てたのです。世界中でベストセラーになる小説や大ヒットする大作映画。これくらいの出来事の未来予測ならば、1年以内ならほぼ100%に近い数字の的中率を誇りました。
さらには、重大な犯罪を犯す人間の予測に非常に役立ったりもしたのです。ラプラスシステムの導入後、犯罪の発生件数は97%減少、犯罪が発生した場合の犯人の検挙率は100%となりました。
全盛期にはラプラスシステムは日本国内の一般の企業や街中にも浸透し、多くの人々のウェアラブル端末にも採用されていました。未来予測によって、転びそうになったり事故に遭いそうになりそうな人に警告を発したり、その人が直近で必要になるであろうものをサジェストする広告が当たり前になったり。
それは、ラプラスの悪魔とまでは呼べないかもしれないですが、疑似的なラプラスの悪魔と言って差し支えのない代物でしょう。
「量子力学によって否定されたラプラスの悪魔が、量子コンピュータによって疑似的にとはいえ甦るだなんて、皮肉なものだ」
と、とある科学者は苦笑したとかなんとか。
そうして疑似ラプラスの悪魔を利用した未来予測という強大な『力』を得た日本は、先進国の中でもずば抜けた経済大国へと成長を遂げていったのです。
未来がわかるのだから、当然でしょう。
世界中のありとあらゆる障害を回避することができる。どうしても回避することができないことだったとしても、前もって対策ができる。
他国も自前の量子コンピュータの開発を成功させてはいったものの、それでもラプラスシステムに匹敵する未来予測システムを組むまでには至りませんでした。市場は日本がほぼ独占。
莫大な利益は、国を豊かにしました。
その象徴が、オリンポスです。
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東京オリンポス。
それはまさに人類の叡智の結晶にして到達点でした。
全十層から成る標高一万メートルにも及ぶ超巨大建造都市。人類史上最大、前人未到、前代未聞の建造物。
そこが人類の歴史上、もっと繫栄した都市であったことに疑いの余地はありません。
クフ王のピラミッドも、バベルの塔も霞む、地球上に存在した最も偉大な建造物だと言って相違ないでしょう。
東京という土地を覆い尽くすようにして、美しい富士山を思わせるなだらかな円錐状の超巨大都市が天高く伸びていく様は圧巻でした。その内側も、天使の輪が連なって見える全十層の各階層を繋ぐ各種交通網や配水管などのインフラ用のパスが蜘蛛の巣のようにびっしりと各所をつないでいて、下町から見上げたその威容は世界樹を思わせる荘厳さだと、ある詩人は褒め称えたとか。
その巨大さと形状から、火星に存在する太陽系最大の火山、オリンポス火山が名前の由来となったのですが、日本には富士という素晴らしい山があるので、それになぞらえて名付けられた愛称のシン・フジという名称も一般に浸透していましたね。
各階層はオリンポスという名称にちなみ、オリンポス十二神の中から、最高神であるゼウスと最高位の女神であるヘラを除いた他の神々の名前から取られていました。
そんな、もはや神域に達したと言っても過言ではない人類の最高到達点。
そこを舞台に物語は始まります。




