5、愛していた
人間の遺体は埋葬するものだ、ということくらいは知っていた。
だから、彼の遺体は瓦礫の山の一つの中に埋めることにした。墓標を立てるべきかどうか悩んだけれども、きっと、この先私たちが再び旅に出れば、ここに帰ってくることもないだろうからやめておいた。
そうして彼を埋めた瓦礫の山を三日間、私は膝を抱えながら眺め続けていた。
そして三日目、私の目から涙が零れたことに自分自身で驚いて、立ち上がった。
べつに、アンドロイドだからといって、涙を流さないわけじゃない。アンドロイドの眼球はカメラのレンズの役割をはたしていて、そのカメラのレンズの汚れを洗浄したりするときのために涙を流せるようになっている。
だから、私は涙が流れたこと自体に対して驚いたわけではない。その涙が私の感情とリンクして流れたことに驚いたのだ。
「どうして……」
それに答えたのはザ・ブックだった。
「それはもちろん、貴女のAIがより人間に近付いたからですよ、きっと」
「人間に?」
「ええ。貴女、いま回路に負荷がかかっていませんか?」
そう言われて、自己診断をしてみて、はじめて自分の回路に異常な負荷がかかっているのを認識する。
「あれ、本当だ……なんだろう、これ」
私の疑問に、ザ・ブックは少しの間を置いて、答えた。
「なに、どうということはありません。それは……愛、ですよ」
「……愛?」
「ええ、そうです」
彼はいったい何を言っているのだろうか。
「以前にも話したことがありますよね。かつて、アンドロイドの間に流行った奇病、その正体。回路に謎の負荷をかけるもの、愛ですよ」
「なに、まさかザ・ブックは私がトレントを愛してたっていうの? そんなはずないじゃない。私は彼と手を繋ぎたいだとか、抱き合いたいだとか思ったことは一度もないよ?」
彼がいなくなってしまったことは悲しいし、寂しい。けれどもそれを恋だとか愛だと言ってしまうのはあまりに短絡的すぎると思う。
けれども。
「べつに、惚れた腫れたの恋愛感情だけが愛ではありませんよ。親子愛や兄弟愛のようないわゆる家族愛だって、立派な愛です」
と、ザ・ブックはいつものように大げさすぎるほどの仕草で言う。
「家族愛……」
その言葉が、やけにストンと腑に落ちた。まあ、アンドロイドである私に臓腑は無いのだけれど。
確かにこの三十年、ずっと共にあった私たちは家族と言って差し支えないほどの関係性だっただろう。楽しそうに笑い、苦々しい表情を浮かべ、必死の形相で野生のロボットから逃げ回る。そんなトレントの姿が今も記憶に残っている。
そうだ、私にとって彼はまるで弟のような存在だった。
そりゃあ、容姿は私よりも老けてはいたけれども、好奇心旺盛でバカみたいに前向きで、それでいて優しい心を軽口で覆い隠す照れ屋で。器用だけれども不器用で。
そんな彼をとても可愛らしいと思っていたのだ。庇護してあげなければいけない存在だと感じていた。
これからも、この先も。ずっと一緒にいたかった。
そう思えたのはこの数百年で初めてのことで。
──ああ、私は彼を……
「……愛していた」
そう自覚したとき、私の回路にかかる負荷は上昇し、胸が苦しくなるような感覚を覚える。もちろん、アンドロイドである私の胸が苦しくなることなんて、あるはずもないのに。
「あぁ……あぁ……!」
気が付けば私はそんな言葉にならない声を漏らしていて。
「ああああああああぁぁぁ!!」
獣の鳴き声のような慟哭が瓦礫の山々にこだました。




